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三枝成彰

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三枝成彰

1945年4月、陸軍の特攻基地が置かれた鹿児島県・知覧飛行場。今朝もまた若者が南の空へ飛び立とうとしている。その一機の前に忽然と立ちふさがる女。操縦士の妻だ。死地へ赴く夫を止めようと必死に懇願するのだったが、彼は、妻とその胎内に宿る新たな命への思いを振り切るように出撃していった。その様子を断腸の思いで見守る神崎光司少尉(テノール/ジョン・健・ヌッツォ)のもとにもまた、将来を誓った恋人・知子(ソプラノ/小川里美)が訪ねてくる。神崎が特攻の任務を負って飛び立つ定めとは知らずに…。

オペラ《KAMIKAZE─神風─》は、特攻という時代の狂気に引き裂かれる純愛を描く悲しい愛のオペラだ。11月初旬、数日前に全曲を書き終えたばかりという三枝成彰に話を聞いた。

取材・文:宮本明  撮影:西村康(SOLTEC)


「オペラ《KAMIKAZE─神風─》は実際にあった話をもとにした物語です。主人公・神崎のモデルになっているのは穴澤利夫さんという方で、昭和20年4月12日にあった大規模な特攻作戦に出撃して亡くなっています。知覧高女の女学生たちが桜の枝を振って特攻の出撃機を見送っている有名な写真がありますが、その飛行機に乗っているのが穴澤さんなんですね。
*参考1:陸軍特別攻撃隊第20振武隊穴澤利夫少尉(のち大尉)操縦の一式戦闘機三型甲「隼」と、それを見送る知覧町立高等女学校(現鹿児島県立薩南工業高等学校)の女学生たち

千住博さんが描いてくれたポスターの、桜の下で海を見つめている少女が婚約者・知子ですが、実在の伊達智恵子さんという方がモデルで、彼女は今もご存命です。

穴澤さんが出撃する前夜に彼らは一夜を供にするのですが、智恵子さんはせめてもの形見にと、彼が吸ったタバコの吸い殻を懐紙に包んで持ち帰りました。翌日、穴澤さんは智恵子さんに宛てた遺書をのこして飛び立っていきます。「智恵子 会いたい、話したい、無性に」──。智恵子さんが持ち帰った吸い殻は今、南九州市の知覧特攻平和会館に保管されています。
*参考2:水口文乃「知覧からの手紙」の版元ページ

愛する人がいるにもかかわらず、なぜ逝かねばならなかったのか。特攻というと往々にして賛美されがちですが、このオペラには、それは全くありません。男の死を淡々と迎える二人の最後の3日間を描いた悲恋の物語。男性たちよりは、女性たちの心情が大きなテーマになっています」

──台本を、経営コンサルタントの堀紘一が手がけているのは異色だ。今回の協働からは二人の共著『特攻とは何だったのか』(PHP研究所)も生まれている。
*参考:三枝成彰・堀紘一 共著「特攻とは何だったのか」

三枝成彰

「このオペラの構想を堀さんにお話ししたら、ぜひ自分に書かせてくれ、関わらせてくれとおっしゃるんです。

ところが、実は僕はライフワークとして2020年以降までオペラの作曲計画を立ててあって、《KAMIKAZE》は最初の計画ではその一番最後に予定していました。それでは自分は死んでしまうかもしれないのですぐに書いてくれと(笑)。
*参考:三枝成彰のオペラ計画

なぜ最後にしていたかというと、やはり今はまだ、特攻というものにアレルギーを持つ人が少なくないと思うんですね。思想信条的にもさまざまな問題が出てくるだろうと予測できるのですが、その状況が、2020年頃になれば少しは変わるのではないかと。でも、堀さんに言われてみると、たしかにこれは早くやったほうがいいのかもしれない、今みたいな時代にこそふさわしいのではないかと考えるようになりました。

最初に堀さんから渡された台本はものすごく分厚くて、そのままオペラにしたら10時間ぐらいかかっちゃったんじゃないかなあ。終演が遅くなって、お客さんは誰も家に帰れませんよ(笑)。それで脚本家の福島敏朗さんにも手伝ってもらい改訂を重ねて、3幕4場、上演時間約2時間の作品になりました。」

──女性の歌うアリアや二重唱の歌詞の部分をシンガーソングライターの大貫妙子が担当しているのも、広い人脈を持つ三枝らしい起用だろう。

「堀さんが自分は女の愛の歌は書けないというので、昔からよく知っている大貫妙子さんに手伝っていただくことにしました。ところが彼女は二重唱というのを書いたことがないわけで、ずいぶん苦しんだみたいです。「二人が別々のことを言ってもいいのよね?」なんて。僕らからすれば当たり前のことなんですが(笑)。

史実監修をお願いした大貫健一郎さんは、その妙子さんの実のお父様です。彼女と歌詞の相談をしている最中に、お父様が元特攻隊員だということを、 NHKのドキュメンタリー番組で見て知りました。しかも穴澤利夫さんとは互いによく知る戦友で、同じ昭和20年の4月12日に知覧から飛び立っている。ところが大貫さんは突撃する前に撃墜され、徳之島に不時着して一命を取り留めているんですね。「えーっ!」と思って訪ねて行ったところ、快くご協力していただけることになりました。でも、このオペラの完成を見ることなく、今年の3月にお亡くなりになったのはとても残念です。」

三枝成彰

──美術は、これが初のオペラ舞台制作となる千住博、演出は実弟でもある三枝健起が手がける。

「千住さんにはもちろん日本画のイメージでお願いしようと思ってます。しかし、実際の舞台を考えると、やはりやや立体的にしなければならないし。舞台サイズの大きな日本画を描くのは難しいとか、いろいろな問題もあって、今、最終的なプランを詰めているところです。弟とオペラを創るのは2001年の《ヤマトタケル》(オペラ版)以来ですが、兄弟で仕事をするのは大変ですね。年中ケンカしてますよ(笑)」

──主人公・神崎を演じるのが日系アメリカ人(母親が日本人)のテノール歌手、ジョン・健・ヌッツォというキャスティングは、ちょっとしたパラドックスだ。

「ジョン・健・ヌッツォさんは、純粋に彼の歌声が好きだったのでお願いしたんですが、彼もちょっと苦笑いはしていました」

──三枝本人も言うように、特攻を扱う以上、何らかの形で政治的なアピールと無縁の作品になるはずがないことはわかっていただろう。

「日本では政治性の強い芸術はものすごく嫌がられますね。芸術は無臭でなければならないという考え方があるのでしょう。しかし海外では、思想的な裏付けがない芸術は無価値とされる傾向があります。強い権力と戦った者のみが名前を残す。今でもイタリアへ行くと、プッチーニはあまり尊敬されていないんです。やっぱりヴェルディなんですよ。それは、権力に立ち向かう民衆や、社会の底辺の人間を主人公にしたオペラを書いたから。プッチーニは男と女がくっついたり離れたりばかりのオペラで、なんて政治性がないんだ、という言い方をするんですよ、彼らは。ベートーヴェン以降、多くのオペラが政治的なメッセージを持っています」

──本作は、長崎の原爆投下を題材にした《Jr.バタフライ》、二・二六事件を扱ったモノオペラ《悲嘆》に続く、三枝の「昭和三部作」を締めくくるオペラとなる。いずれも反戦、平和の精神が通底している。

三枝成彰

「アメリカ軍の記録には、太平洋戦争で死傷した米海軍将兵の80%が「カミカゼ・アタック」によるものだったとあります。特攻が彼らにとって大変な脅威だったことは間違いありません。でも、死ぬと決まっている作戦であることが問題なんです。そして、特攻を自ら志願した人は一人もいないと思っていいですね。「志願する者は前へ!」と言われれば全員前へ出なければならない。その中から指名されるわけですから、ほとんど命令ですね。ではなぜイヤと言えなかったかというと、郷里の両親や兄弟が非国民扱いされることを怖れたのです。

飛行機による特攻の戦死者数にはいろいろな説があるのですが、陸海軍あわせて約5,000人から6,000人と言われています。しかし太平洋戦争全体の戦死者数は350万人。しかもその85%は戦闘でなく、南の島で餓死していったという数字もあります。それからまだ70年も経っていません。僕は、戦争は最大の人災だと思っています。どんな形でもいいから平和へ向かう努力を続けなければならない。いつの世も、戦争の遂行を決めるのは老人、現場の指示をするのは中年、死ぬのは若者です。そしてその85%が飢え死に…。ぜひ若い人にも見てほしいですね」

──スコアをもとにして、コンピューターとシンセサイザーによって作られた音に仮歌を入れたデモ演奏を聴かせてもらった。直接描かれているのは、美しい音楽に彩られた男女の悲恋で、反戦を声高に叫ぶオペラではない。戦争の悲劇は、結局は、死によって引き裂かれる人間の一人一人の悲劇なのだということに、あらためて思いを深くさせられる。竹島や尖閣諸島の問題をめぐるきな臭い強硬論も交わされる今、このオペラが上演される意義は大きい。もちろん、程度の差はあるかもしれないが、自国を愛する気持ちは誰もが持っているだろう。しかし三枝は言う。「ナショナリズムが戦争と結びついてはならないのです。どんなことがあっても」と。

  • 【公演情報】
  • ~第二次世界大戦で亡くなった全世界の人々に捧げる~
    三枝成彰:オペラ「KAMIKAZE-神風-」
  • 動画を観る
  • [日程・会場]
    2013年
    1月31日(木) 18:30開場 19:00開演
    2月2日(土) 13:30開場 14:00開演
    2月3日(日) 13:30開場 14:00開演
  • 東京文化会館 大ホール
  • <スタッフ>
  • 作曲:三枝成彰
    原案・原作:堀紘一
    脚本:福島敏朗
    演出:三枝健起
    美術:千住博
    照明:沢田祐二
    アリア歌詞(知子と愛子):大貫妙子
    プロダクションマネージャー:小栗哲家
    史実監修:大貫健一郎
  • 指揮:大友直人
    管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
  • <キャスト>
    神崎光司少尉:ジョン・健・ヌッツォ
    土田知子:小川里美
    木村寛少尉:大山大輔
    木村愛子:小林沙羅
    冨田トメ:坂本朱

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  • 【プロフィール】
  • 三枝 成彰(さえぐさ・しげあき)
  • 作曲家。東京音楽大学教授。
    財団法人日本交響楽振興財団 理事。
    日本現代音楽協会 理事。
    日本作編曲家協会 理事。
    日本モーツァルト協会 理事長。

    代表作として、オラトリオ「ヤマトタケル」、オペラ「千の記憶の物語」、ヴァイオリン協奏曲「雪に蔽われた伝説」、「レクイエム~曾野綾子のリブレットによる」、「太鼓についてー太鼓協奏曲」、カンタータ「天涯」等の作品がある。

    映画音楽では「優駿ORACION」「お引越し」「MISTY」等、 テレビ番組の音楽では、NHK大河ドラマ「太平記」「花の乱」等、多数の作品を手がけている。

    またオ-ストリアの国際モ-ツァルテウム財団からの依頼で、モ-ツァルトの未完曲「ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲イ長調」を補筆・完成。モ-ツァルト没後200年を記念してザルツブルクの催しで演奏されたことも、話題となった。

    オペラ作品をライフワークとして16作品掲げており、代表作としては1997年5月には、構想に10年近くをかけたオペラ「忠臣蔵」を完成・初演し、各界の注目を集めた。さらに2000年5月には愛知県芸術劇場でオペラ「忠臣蔵」改訂版を再演し、2002年1月には東京新国立劇場にて再演。

    2004年4月プッチ-ニのオペラ「蝶々夫人」の息子を主人公とした、オペラ「Jr.バタフライ」を東京文化会館にて初演。2005年3月、神戸にて再演。好評を博す。

    2006年8月には半世紀以上に亘りイタリアで開催されているプッチーニ音楽祭上演され、地元メディアで大絶賛された。これは同音楽祭の歴史における初の外国人作品であり、プッチーニ以外の作品として初の上演となった。

    アンドレア・グリミネッリ委嘱による「フルート・コンチェルト」、 セルゲイ・ナカリャコフ委嘱による「トランペット・コンチェルト」など著名な奏者からの委嘱作品も多数。

    代表的なCD作品としては、「哀しみのビ-トルズ」「泣きたいだけ泣いてごらん~三枝成彰編曲による日本の歌」ベルリンフィル12人のチェリストたち(ファンハウス)、「三枝成彰 コンチェルトの夜」(EPICソニ-)など数多くのCD作品をリリ-ス。

    なお、「オペラ忠臣蔵」のCD、ビデオ、レーザーディスクはソニ-・クラシカルからリリ-スされ、英語字幕付きのビデオ、CDは邦人作曲家のオペラ作品として初めて、全世界27ヵ国で発売された。

    著書としては「知ったかぶり音楽論」(朝日新聞社)、「三枝成彰のオペラの楽しみ方」(講談社)、 「譜面書きの遠吠え」(廣済堂出版)、「大作曲家たちの履歴書」(中央公論新社)、 「三枝成彰オペラに討ち入る」(WAC出版)、他多数がある。

    受賞歴は、1988年に日本アカデミー賞 優秀音楽賞「二十四の瞳」「光る女」、1989年に日本アカデミー賞 最優秀音楽賞「椿姫」「優駿 ORACION」、1989年に日本レコード協会 アニメーション部門、1989年にゴールデンディスク大賞「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」、1989年にアジア・パシフィック・フィルム・フェスティバルほか。

    2006年、 兵庫県より「県勢高揚に功があった」として兵庫県功労者表彰を受ける。2006年、高円宮憲仁親王殿下追悼のための新作バレエ「A bientôt ~だから、さよならはいわないよ」が世界初上演され、その作曲の功績が認められ、2007年、作曲家としては初となる第33回橘秋子賞を受賞。

    2007年秋には、長年にわたって音楽界の発展に貢献したことが評価され紫綬褒章を受章。プッチーニ生誕150周年にあたる2008年には、オペラ「Jr.バタフライ」の作曲・上演に対し「2008年プッチーニ国際賞」を日本人で初受賞した。




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