1924年、朝鮮、京城からほど近い地方都市の古めかしい城門の前。
城門の彼方から聞こえてくるサムルノリの心躍る音が秋空に響いている……。
令旗を先頭に、鮮やかな民族衣装と頭には白い長い紐が結えつけられているコクトゥセ(頭領)の高大石【キム・ウンス】、カヨル(演者)の李淳雨【チャ・スンウォン】ら男寺党(ナムサダン・放浪芸の集団)がやってくる。そこへ盗んだ風呂敷包みを抱えた男と、それを追って駆けてくる柳原直輝【草なぎ剛】。とっさにその男を捕まえた淳雨だったが男は風呂敷包みを落とし、直輝が大切にしていた白磁の茶碗を割ってしまう。犯人を捕まえた感謝ではなく白磁を割った淳雨を責める直輝。しかし淳雨はなぜか怒る気になれず、むしろ直輝に興味を抱くのであった。
数日後、京城近郊の直輝が勤める学校の教室へ松代【広末涼子】が兄・直輝を案じてお弁当を持ってくる。直輝は松代の夫・大村清彦【香川照之】のことを、松代を愛していない守銭奴だと罵り別れろと諭すが、松代は深く清彦を愛しており一向に耳を貸さない。そこへ先日のお詫びに直輝を訪ねて淳雨が現れる。直輝は朝鮮を、そして朝鮮文化を、朝鮮の人々を愛していると伝える。その想いに胸を打たれ、直輝の想いを素直に受け止めた淳雨と直輝の間には友情が芽生えるのだった。
場所は変わり京城の歓楽街。清彦が経営するナイトクラブ「不夜城」へ泥酔した息子の明彦【高田翔】がやってくる。母と自分を棄てた清彦を恨み、非人道的な政治(統治)を恨み、そして義母・松代への思慕も断ち切れず、自分を持て余し酒に頼る明彦。様々な人々が集い陽気な歌とダンスが披露される最中、裏口では大石にお金を渡しながら親しげに話す清彦がいた。実は生まれてすぐに捨てられた日本人と韓国人のハーフである清彦は、男寺党に拾われ、大石とは幼い頃から共に芸を磨き無二の親友であり心の友であった。民族独立運動の一員という裏の顔を持つ大石に、清彦は資金だけでなく情報提供もしており…
淳雨との出会いで、男寺党の芸の素晴らしさと白磁という朝鮮文化へ益々のめり込んでいく直輝。
複雑な過去を持ちやりきれない思いを抱える清彦。事情は聞かずとも、そんな清彦を支えようとする松代。やがて不幸な出来事により直輝との間に再び溝ができてしまう淳雨。そして憲兵に追い詰められていく大石と清彦。それぞれの決断の時は近づいてきていた…
「僕に炎の戦車をよこせ。決して心の戦いをやめないぞ。
僕の剣をいたずらに眠らせておくこともしない……」
文化と歴史の波に翻弄されながらそれぞれが選ぶ未来とは…
本日から上演になった舞台『ぼくに炎の戦車を』を、韓国でも上演できることを嬉しく思います。韓国映画をきっかけに韓国に興味を持ち、ハングルを一生懸命に勉強してきましたが、そのハングルを生かして韓国の舞台に立つことは大きな夢であり、目標でもありました。まさに僕にとっては新しい挑戦ですし、僕の人生の中でもとても大きな意味を持つ舞台になると思います。
僕が演じる主人公・柳原直輝という存在は、純粋でまっすぐな人間です。その力は国境や立場、身分の違いといった、あらゆる壁を少しずつ崩していきます。そんな柳原直輝が登場する舞台『ぼくに炎の戦車を』は、人間の持つやさしさや、暖かさが込められた作品ですし、劇中同様にチャ・スンウォンさんとも強い友情を育むことができました。韓国のみなさんにも、一生懸命生きている人々の姿から、何か感じていただければと思います。
チャ・スンウォンさんコメント

僕は、演劇は韓国でも一度も経験したことがありません。それでも出演を決心したのは、舞台を経験することで、“頑丈な俳優”になれるのではないかという期待があったからです。男寺党のメンバーたちは、身分も社会的評価も低いけれども、厳しい世の中を生き延びようという力にあふれていました。そんな彼らの姿を通じて、日韓に住む僕たちは、言葉は違うけれど、誰かを嫌ったり好きになったりしながら、熾烈に生きて行く、同じ人間だと感じて下さればと思っています。
そして、チャ・スンウォンというひとりの俳優が初めて挑む舞台演技を、どうか最後まで温かく見守ってください。今回の舞台で僕は綱渡りにも挑戦します。失敗もあるかもしれませんが、それも舞台の醍醐味でしょう。演劇の舞台に立つチャ・スンウォン。僕自身も新鮮ですが、ご覧になられる方々もとても新鮮で新しく感じられるはずです。
香川照之さんコメント

「非常に役者向きな民族だ」。稽古中、韓国の俳優たちを見ながら、そんなことを考えていました。チャ・スンウォンさんをはじめ韓国の俳優たちは皆、心が美しく、感情をストレートに表現する術を知っています。稽古の時からその熱さがひしひしと伝わってきましたし、大きな刺激を受ける毎日でした。
一方で、日本人の役者には、どうしても照れがあります。それは良くも悪くも、客観的に自分を見てしまう眼差しが心のどこかに刻み込まれているからでしょうか。ただ、その照れを吹っ切った時の力は凄まじい。よりダイナミックな表現に到達する可能性があります。そんな日本と韓国の役者がぶつかり合う今回の舞台はとてもスリルにあふれていますし、その舞台が韓国でも公演されることが決まって楽しみでもあります。
個人的に、ポン・ジュノ監督や俳優のソン・ガンホさんなど韓国映画界にも友人が多く、全編韓国語の映画にも挑戦したこともありますが、舞台は初めての挑戦となります。僕が演じる清彦は日本人と朝鮮人のダブルという設定で、ハングルでのセリフもたくさんあります。そんな日本と朝鮮半島に生きる人、言葉、そして思いが入り混じった舞台。その奥深くにあるメッセージが、きっと韓国のみなさんにも届くと信じています。
広末涼子さんコメント

『ぼくに炎の戦車を』は私にとって約4年振りの舞台であり、私が演じる松代は多様な一面をもっていて、彼女を取り巻く人間関係もとても複雑です。時代に翻弄され、なおかつ時代に制約された価値観を持つ一方で、当時のほかの女性たちとは違った内面世界を持っています。そこには、新しい時代へと精神的な脱却を試みてゼロから可能性を作り上げてきた女性たちの生き様があるような気がしてなりません。
また、今回の舞台は、登場人物たちのさまざまな人間ドラマと信念があふれています。国や国境、国籍ではなく、同じ時代に同じ土地で生きた人たちの間で生まれた愛情、友情、命の尊さ。そういうものを感じ取っていただければ。それは世界共通だと、この作品を通して改めて思いました。
そんな素敵な舞台を韓国で上演できることに、女優として一種の使命感も感じます。映画やドラマ、音楽などエンターテインメントの分野で日本と韓国の交流が盛んな昨今ですが、実は私はこれまで韓国の俳優の方々と共演したことが一度もありませんでした。それが今回の舞台で初めて実現し、さらに韓国でも上演されることが決まったことで、良い意味での緊張感と喜びを感じています。日本と韓国の距離を縮めると言ったら大袈裟ですが、演劇を通じてのような役割を果たしたいという運命的なものを感じています。