花形歌舞伎で初役の大役に挑む
――新しい歌舞伎座がオープンして3か月が経ちました。今のお気持ちはいかがですか?
歌舞伎にとっては殿堂であり、中心になる劇場ですから、そこでまた歌舞伎ができるのは、非常にうれしいことです。今の時代、銀座の一等地にひとつの演劇ジャンルの専用劇場があるということは、とてつもなく贅沢なことです。だからこそ、何をやっていくかが大事なことだと思っています。12か月連続で歌舞伎を上演するという、大きな目標を掲げて始めましたからね。
――以前は、1年12か月、全部歌舞伎ではありませんでしたからね。別の公演が入っている月もありました。
12か月、歌舞伎公演を上演するようになったのは、多分、僕が20歳を過ぎたくらいの時からだと思います。今の歌舞伎座は12か月歌舞伎をやる劇場としてスタートしました。同年代の役者たちと話したのは、とりあえず僕たちの目の黒いうちは、12か月、歌舞伎で幕を開け続けようと。僕らの時代に12か月が10か月になり、9か月になりと減るようなことには絶対にしないと話し合いました。それには、何をどうやっていくか、時代の流れを読んだ企画力は必要になってくると思います。それは、歌舞伎座が新開場するにあたってずっと考えていたので。
――開場のことだけでなく、ずっと先のことも考えていらっしゃったんですね。
今はとても盛り上がる形で柿落とし公演が始まりましたが、これから先も毎月毎月、常に注目され、大入りを続けていかなきゃいけないと、将来のことも考えていました。だから、新しい歌舞伎座の最初の月で最初の演目『壽祝歌舞伎華彩』の、最初に登場する役をやらせていただきましたけど、「最初だ!」という感慨にふけっている場合じゃないと思っていたんですよね。でも、実際に舞台に立ってみると、やっぱり感動したし、嬉しかった、涙が出た。そこからあとは、どうやって歌舞伎を盛り上げていくかということが、僕の中での課題ですね。
――7月の花形歌舞伎は、新しい歌舞伎座になってからは初の若手中心の公演です。賭けるお気持ちは?
7月は、また新たな始まりだと思っています。4、5、6月と大歌舞伎で幕を開け、7月は若手歌舞伎で開ける。僕たちの年代が、歌舞伎座の存在を大きくしていくんだという責任感を持って、勤められればなと思っていますね。受け継がれた芸を、きっちりお見せするのは大事なんですけど、すごい芝居、面白い芝居を提供していくんだという心意気は強く持って勤めていきたいと思っています。
30年ぶりの貴重な場面の上演もある『東海道四谷怪談』
――7月公演『東海道四谷怪談』では、初役で民谷伊右衛門ですね。
伊右衛門は初めてですが、『四谷怪談』は5回目です。結構、多いですよね、ひとつの演目にこれだけの回数出るというのは。『四谷~』は、やはり夏の演目ですし、その上、通し狂言ですから、そんなに頻繁に上演できる作品でもないのに、僕は5回目って、何かよっぽど縁があるんだなと(笑)。
――伊右衛門は、いい男だけど悪人という、いわゆる「色悪」ですが、やりがいありそうですね
知名度があるわりには、仕どころがあまりない役で(笑)。例えば、「この役は、あの立ち回りがある」とか、「あの踊りが、あの台詞があるから」と、そういう理由があって何かの役に憧れるというのは、あるんですけど。伊右衛門はないんですよ(笑)。「隠亡掘」の場で、「首が飛んでも動いて見せるわ」という有名なセリがありますが、あれは元々の台本にはなくて、役者の工夫で出てきた部分なんです。でも、伊右衛門という役は魅力的な役だとずっと思ってきました。伊右衛門がいいセリフを言っているとか、何かをやっているとかよりは、存在感そのものに魅力がある。今思っているのは、どれだけお岩が哀れに見えるか、それに徹したいと思っています。そのための伊右衛門を目指したい。ですから伊右衛門が人間的だったり、人としての共感を持っていただけるかとかは一切考えない。
――悪に徹するとういうことですか?
伊右衛門は、クールな悪党のイメージがありますが、やってること、言ってることは、とっても情けない男なんですよね。浪人で(生活のために)傘張りをしてますから。大した稼ぎにならないことをしてるわりに、奥さんが具合悪かったり、赤ちゃんが泣いていると、愚痴をこぼしたりして。結局は祟られて(笑)。情ない男なんだけど、弱々しい男ってイメージはないですね。そこが、やっぱり南北が書いた特殊なキャラクター像なんだなと思います。
――伊右衛門は色男でないと成り立たないと言われますね。
そうですね、色気は絶対必要で、難しいところではあります。お岩からも、お梅(隣家の娘)からも思われる存在でなければいけないわけですし。不思議なキャラクターではありますね。
――今回、「蛍狩」の場がありますね。歌舞伎座では30年ぶりだそうですが。
今、上演されている『四谷怪談』は、本当によくできていて、飽きさせない。でも、偉そうな言い方なんですけど、別のやり方があってもいいだろうと思うんですよ。それこそ、ベースに『忠臣蔵』があるからこそ生まれた悲劇である、という部分はあまり強調されていません。手を加えられる部分があるんじゃないかなと思って、あまり上演されない「蛍狩」を入れたいと、お話はさせていただきました。
今回、台本も道具も変えます。多分、初演当時は、「ここらできれいな場面もほしいね」という、アクセントとしての場面だったんだろうと思うのですが、それだけではなく、芝居の中のひとつとして、やりたいんですね。伊右衛門とお岩が夫婦であるということを、お客様に確認していただいて、それが、恨みや怨念に至るまでの悲劇として強調されるのではないかなと。あと、伊右衛門が見ていた夢だったというのが「蛇山庵室」。大体、「蛇山」だけで上演されているんですけど、そうじゃなくて、伊右衛門が、その場にいながらにして舞台が転換され、「蛍狩」から「蛇山庵室」に変わるようにしたいと思っています。劇場中に蛍が飛んだりしたらきれいですよね。ふふふ。
――見たことのない『四谷怪談』になるわけですね。いろいろ工夫なさるのが、お好き?
好きですね。何をやるにしても、どこかに隙はないか、もっと面白くなる方法はないかと思っている部分はあります。特に今回は、とても怖い『四谷怪談』をやりたいと思っています。幽霊が出てきて、びっくりしてコワいではなくて、もっとドロドロした精神的な恐怖を出したい。それをどうやったらできるかと考えています。大劇場では照明の明るさがネックなんですよ。本当は暗いところでやりたいですね(笑)。
――9月は新作歌舞伎の『陰陽師』です。染五郎さんのご提案かと思ったのですが。
それが違うんです。でも、すごく興味がありましたね。13年くらい前からこれは歌舞伎化できないかなと思っていたので、お話をいただいた時はびっくりしました。以前の歌舞伎座では『源氏物語』が新作歌舞伎として作られました。今度の歌舞伎座では『陰陽師』が、新開場記念の新作歌舞伎ですから、緊張感ありますね。
――どんな作品になるのでしょうか?
まだこれから、台本に手が加わっていくことになると思います。大事なのは、新作歌舞伎をどう捉えるかということです。新作と言っても、元々あった歌舞伎の演目というぐらい、歌舞伎のイメージにぴったりあった作品になるのか、それともまるっきり違う作品になるのか、どちらかだと思うんです。僕は歌舞伎のイメージの正当のど真ん中の新作歌舞伎ができるといいと思っています。そのためには、綿密な打ち合わせが大切ですね。例えば、幕ひとつとっても、定式幕か緞帳幕か道具幕か……といろいろ選択肢があるわけです。
――新作だから、決まりはないわけですよね。
そうなんです。それが新しく作るということの面白さでもあります。どっちに行こうか?というところから始められますから。『陰陽師』ですので、呪術も多少は使うし、魑魅魍魎との戦いもあります。それを、どう表現するか、ですよね。リアルに、いろんなところから魑魅魍魎が飛び出して、ドカン、ブシュー、ドーン!というのもひとつの方法だし、色彩豊かな衣裳をまとって、踊りのように立ち回るのもありだし。方向を決めて、徹底してその方向を作っていきたいと思います。
――安倍晴明役については、どのようにお考えですか?
不思議なキャラクターですね。透明感があって、妖しくて、それに岡野玲子さんのマンガのイメージで言うと、中性的でもあります。まず、顔(メイク)をどうしようかと考えてしまいますね。あの時代(平安時代)は、髪形のバリエーションも少ないし、あまり変化がつけられないんです。衣裳も狩衣に烏帽子とか、限られてくる。それでも、何かしら新しい歌舞伎だと思ってもらえるような工夫はしたいです。
――映画や小説がすでにありますが、歌舞伎の『陰陽師』の特徴は?
記念的な新作ですから、スケールの大きい作品にしたいと思っています。歌舞伎にはアナログなのに、時空を飛べるという表現手段が結構あるんですね。花道へ行ったら、そこは別の次元とか、本当には飛ばないけど、飛んでいることにできるとか。そうした力技を活かしていきたいです。個人的にはワイヤーアクションも嫌いじゃないんですけど、歌舞伎には宙乗りがありますからね。いろいろな表現方法を、歌舞伎的に消化して、進化させてお見せしたいですね。言いたいことはたくさん言おうと思っています。
――そうしたミーティングの場は、あるのですか?
はい、作ります。いつかは歌舞伎の演出、いつかは歌舞伎の脚本を書くのが目指すところでもあるので。
――9月公演のもう1本は『新薄雪物語』で、染五郎さんは初役で園部兵衛役ですが、これは大変な大役ですね。
はい(苦笑)。とてつもなく大きな役です。無実の罪を着せられた息子の左衛門とその恋人の薄雪姫の命を助けるために、腹を斬り、それを隠して薄雪姫の父、幸崎伊賀守と対面するのですが、幸崎もまた腹を斬っていた。二人の父親が同じことを考えていたので「合腹」とも呼ばれる場面があります。
――かなりベテランの方々が演じていらして、今回のような若い配役は珍しいですね。
そうですね。大看板(の俳優)が何人もいないとできない演目です。それを、松緑さん、菊之助さん、海老蔵さんたちと一緒にやります。僕らの世代に、とにかくやってみろということだと思います。
――愛のムチですね?
そうだと思います。でも、本当に大変ですよ(苦笑)。
――7月も9月も初役で大きな役が続きますが、そこへ向けて準備などは?
飲むと、どんな役でもできるようになる薬ないかな(笑)。追い詰められているってことですけど(苦笑)。ああ、どうしようと思う気持ちは大事だと思っています。できる限りの準備をして臨む決意です。
取材・文:沢美也子 撮影:源 賀津己
プロフィール
1973年生まれ。九代目松本幸四郎の長男。1979年『侠客春雨暈』で三代目松本金太郎を襲名し初舞台を踏む。1981年『仮名手本忠臣蔵』ほかで七代目市川染五郎を襲名。古典歌舞伎の二枚目から時代物の敵役まで幅広く演じ、上方歌舞伎や上演が途絶えた古典歌舞伎の復活なども積極的に手掛ける。江戸川乱歩原作の小説を『江戸宵闇妖鉤爪』として歌舞伎化したり、三谷幸喜の新作歌舞伎を発案するなど新しい歌舞伎の創作にも意欲的。現代劇では劇団☆新感線『阿修羅城の瞳』『アテルイ』に主演。舞台以外もドラマ、映画、雑誌の連載と活躍の場は広い。
市川染五郎オフィシャルサイト「そめいろ」