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■2009年:公開舞台稽古の模様はこちら (09.05.07)
■2009年:稽古見学会レポートの模様はこちら (09.04.14)

「春のめざめ」2009年版プロモーション映像をYouTubeの【劇団四季チャンネル】にて公開中!
ミュージカル『春のめざめ』は、1891年にドイツの劇作家フランク・ヴェデキントが発表した同名戯曲をミュージカルのとして現代に甦らせたもの。この戯曲が発表された当時は、子供たちの性の目覚めを赤裸々に描いたセンセーショナルな内容がドイツ国内で大きな波紋を呼び、以降百年近く完全な形では上演されなかったという衝撃作。その長い沈黙が破られたのは2006年。19世紀のドイツを舞台に、思春期の少年少女たちが直面する親と子の問題や、教師と生徒の関係、性体験など、様々な葛藤をストレートに描いた異色のロックミュージカルは、瞬く間に大ヒットとなった。

この話題作を『エクウス』『この生命誰のもの』のような社会派問題劇から、『ジーザス・クライスト=スーパースター』『キャッツ』をはじめとして、様々なミュージカルの日本版を製作し、国内外で高いクリエイティブ力を評価されている劇団四季が手がけ、2009年5月から9月初旬にかけて自由劇場にて日本初演された。

自由劇場は劇団四季創立50周年を記念して建設された小劇場で、総席数500席という濃密な空間で芝居が楽しめる。前回公演を見逃した方もぜひこの機会に足を運んでみてほしい。

劇団四季がさらに充実度をアップしてお届けするミュージカル『春のめざめ』をどうぞお見逃しなく!!




楽曲が流れ出した途端、スイッチが入ったかのようにマイクを取り出し、ロックスターさながらに感情を爆発させる若者たち―。彼らは19世紀の教条主義に凝り固まった学校や生活習慣に従って暮らしているが、内面には抑えられない感情が渦巻いている。
その若者たちをユニークかつ力強い演出で表現しているのがこのミュージカルの最大の特徴だ。その一例として挙げられるのが、装置と照明。教会と学校のイメージを複合させ、ステージ上にも客席を作ることにより舞台との緊迫感を創造し、カラフルな照明は進行して行く19世紀の物語を突如として現代のロックコンサートのワンシーンに一変させていく。また、思春期の若者を演じる俳優たちが観客の前で繰り広げる性描写も、このミュージカルを衝撃的なものにしている。

しかし何よりもこのミュージカルが支持される最も強い理由は、作品の持つ“普遍性”だろう。ヴェデキントがこの作品を自主出版した1891年は、十代の若者たちの性を題材に取り上げるなど、考えもつかないことだった。それに対して現代では情報が氾濫し、誰もが簡単にあらゆる知識を一瞬で手に入れることが出来る。しかしながら「純粋な愛」と「欲望」の狭間で揺れる思春期の子供たちの深い葛藤や、周囲の性に対する“偏見”や“禁忌の意識”が人々の心を抑圧し歪めてしまう状況は、19世紀のドイツも現代社会も変わりはない。音楽のダンカン・シーク、台本・歌詞のスティーヴン・セイター、演出のマイケル・メイヤーを中心としたクリエイティブ・チームは、作品の根底に流れる普遍的なテーマと正面から向き合い、少年少女たちの内なる叫びをストレートに表現することにより、現代の観客たちの多くの支持を獲得したのだ。
19世紀末、ドイツ。無味乾燥な授業、理不尽な教師たち、無理解な親…思春期の只中にある少年たちは、息が詰まりそうな日々を過ごしている。

少女ベンドラは成長していく自分の身体に戸惑いを隠せないでいるが、母親はただはぐらかすばかり。学校では知識を詰め込むことだけを強要され、生徒たちは自分で考えることを許されない。少年メルヒオールはそんな授業に疑問を抱き先生に反論するが、逆に体罰を受けてしまう。

ある日、幼なじみのメルヒオールとベンドラは偶然再会する。社会の情勢は、思春期の少年少女が自由に会うことや話すことを許さなかったのだ。しかし、空白の時を埋めるかのように会話をするうち、彼らはお互いに特別な想いを抱き始める。やがて、二人は肌を重ねるのだった。

一方、メルヒオールの友人モリッツは夜毎「悪夢」に悩まされていた。若者なら誰もが感じる抑えきれない衝動の中で、勉強に集中できない彼は、教師たちの陰謀によってついに落第者のレッテルを貼られてしまう。父親からも見放され、行き場を失ったモリッツはピストルを手に森へと向かっていく…。

自殺、セックス、妊娠…次々と起こる問題に直面しながら、少年たちは暗鬱な青春の中に光を見出すことができるのか。