原作のイメージを反映させつつヴェルディが描いたヴィオレッタ像を演じたい
- ――ボブロさんのヴィオレッタといえば、ロンドンのロイヤル・オペラでの2012年1月のヴィットリオ・グリゴーロとの共演が記憶に新しいところです。日本のオペラ・ファンもあの公演であなたの存在を知った人が多いようで、とても評判になっていました。どのような経緯で出演することになったのですか?
- ロイヤル・オペラで『椿姫』を歌う予定のポプラフスカヤさんが体調を崩しているので、念のために代役を立てたいという依頼が舞い込んできたのです。ちょうどシュトゥットガルトでこの役を歌っていたので、急遽公演の合間にロンドンへ飛んでリハーサルに一日参加し、結局、ロンドンの最後の2公演を歌うことになりました。シュトゥットガルトとは異なる演出でしたが、ロンドンは古典的なものだったので頭の中を切り替えることができました。指揮者とは簡単なリハーサルができましたが、相手役のグリゴーロさんとは本番が初顔合わせでした。ところが彼も翌日病気で降板してしまい、最終回では別のテノールと歌うことになって大変でした!
- ――ヴィオレッタ・ヴァレリーという役柄で最も共鳴するところ、感銘を受けるところはどんなところですか?
- ヴィオレッタはソプラノ歌手にとって特別な役です。三つのタイプの声を必要とするからです。第一幕では華やかで軽やかな声、第二幕ではジェルモンとの対話の場面などでドラマティックな声、そして第三幕では壊れそうな繊細な声が求められる難役です。最後の死ぬ場面は、声量を極力抑えて囁くように「声なき声で」歌わなくてはいけないので一番苦労します。自分がもっとも共鳴するのは最終幕のヴィオレッタの旋律です。ヴィオレッタは艶やかな女性として描かれる場合が多いですが、デュマの原作を読むと全然違いますね。綺麗に着飾っていても所詮卑しい身分の高級娼婦です。でも、絶世の美女だった。こうした原作のイメージをオペラのヴィオレッタ像に反映させつつ、ヴェルディがそこに加えた「心優しいゆえに悲しい運命をたどる薄幸の女性」を演じたいと思っています。
- ――ヴィオレッタの美しいアリアのなかでも一番好きな曲は?
- 「さようなら、過ぎ去った日よ」でしょうか。短い旋律が繰り返されるなかで複雑に揺れ動く主人公の感情を表現しなければいけません。有名な第一幕のヴィルトゥオーゾなアリアよりも難しい、シューベルトの歌曲に通じる部分があります。ヴェルディはソプラノのアリアにオーボエのソロをつけるのが好きで、このアリアもオーボエとソプラノが対話する形で書かれています。重くて暗い雰囲気を描くときはイングリッシュ・ホルンを好んで用いるなど、ヴェルディは管楽器に対して具体的なイメージがあるのですよ。『リゴレット』のジルダもそうです。
- ――先ほどヴィオレッタは「三つのタイプの声が必要」とおっしゃいましたが、リリカルな声やドラマティックな声など、声のコントロールをどのようにしていますか?
- 「ドラマティック」を「大きな声」と同義にとらえがちですが、それは間違っています。譜面を正確に読むと、ドラマティックな箇所の七割がピアノで書かれているのですよ。ヴィオレッタが思い切りフォルテで声を張り上げなくてはいけないのは死期を悟って最後に「神よ!」と叫ぶところくらいで、二小節にわたってフォルテと記されています。でもそれ以外は全部ピアノ。付点音符や短く連打される音、発せられる言葉が劇的な効果を生むのであって、音の強弱は関係ありません。序曲の冒頭の静かなトレモロが紡ぎだすドラマティックな緊張感が全てを語っています。ヴェルディが書いたとおりに歌えば、自然に声はコントロールでき、最後まで歌えるのです。