Interview
- ――フランスを代表するヴァイオリニストのひとり、ルノー・カプソンは、官能的で夢見るような美音の持ち主である。5歳のときに両親からヴァイオリンを買ってもらい、7歳で「自分はヴァイオリニストになる」と自覚した。
- 初めて聴いた録音がオーギュスタン・デュメイの演奏で、その直後に両親が彼のコンサートに連れていってくれ、初めのナマの音を聴いたんですが、その音色の美しさにショックを受けました。私はデュメイの音に恋をしてしまったんです。7歳でもう自分はヴァイオリニストになるんだ、デュメイのようにヴァイオリンを弾きたいと願うようになりました。
- ――その後、デュメイから教えを受けることもでき、やがてデュメイが弾いていた1721年製のストラディヴァリウスを演奏することも可能になり、これは2006年まで使用した。
ルノー・カプソンは1976年フランス生まれ。パリ音楽院卒業後、1997年から指揮者のクラウディオ・アバドの招きによりグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラのコンサートマスターを3年間務めている。 - マエストロ・アバドとの3年間は、自分の成長にとってとても大切な時期でした。彼はこの世でもっとも偉大な指揮者のひとりだと思います。若い人たちといろんなことを分かち合う、共有することに意義を見出していて、若かった私は多くの影響を受けました。アバドは若手音楽家と交流することで自身も若々しさを保ち続けたのだと思います。もっとも印象的だったのは、アバドがフレーズの果てしない広がりを伝授してくれたこと。長い息遣いをどのようにもっていくかという、フレーズを形作る方法を教えてくれたことです。
- ――もうひとり、カプソンが16歳のときに出会った指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニからも多大な影響を受けている。
- マエストロ・ジュリーニは、“ヴァイオリニストではなく、音楽家であれ”という姿勢を暗黙のうちに叩き込んでくれました。彼は“人生の光とは何か、それを音楽で表現せよ“といつもいっていました。私にとって、アバドとジュリーニはあこがれの象徴なのです。
- ――今回の来日公演ではトゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団と共演するが、ソヒエフともこのオーケストラとも長い交流をもっている。
- マエストロ・ソヒエフとは10年以上前から共演を重ねています。メンデルスゾーン、ブルッフ、サン=サーンスの第3番などのヴァイオリン協奏曲を演奏してきました。ですから日本で共演するのがとても楽しみです。彼はステージでもふだんでもまったく変わるところがなく、いつもごく自然体。音楽に真摯に身を捧げ、生き方が非常にシンプル、そして大変な努力家です。私と似ている面が多いため、共感できるのです。
- ――トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団とのつきあいは、より長い。
- 20年前から定期的に共演しています。ミシェル・プラッソンが音楽監督の時代に多く共演しましたが、現在は2年ごとに共演を重ねています。このオーケストラはプラッソンの時代にフランス的色彩が豊かで、繊細さとダイナミックさを併せ持つ音色が特徴でしたが、その質を維持しつつ、ソヒエフになってからは若い楽員も増え、雰囲気が若々しくなりました。みんなソヒエフと演奏するのが楽しくて仕方がないという感じで、演奏はレヴェルアップし、いまではフランスを代表するオーケストラといえるようになったと思います。
- ――今回カプソンが演奏するのは、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番。これは彼にとって思い出深い作品である。
- このコンチェルトは、私がナマのオーケストラと初めて演奏した作品なのです。17歳のころ、ユース・コンクールを受けた時代に本選で弾きました。でも、初めてオーケストラと演奏したからかエキサイトしすぎてしまいましたが(笑)。でも、それ以来自分の人生にとって、大切な曲になっています。
- ――大切なこのコンチェルトを、カプソンはこんなことばで表現する。
- 第1楽章は威風堂々とし、ヴァイオリンのすばらしさを聴かせる見事な導入部分です。ロマンティックでヴィルトゥオーソ的でもあり、こまやかなパッセージが印象的。第2楽章は、美しい歌曲のよう。ヴァイオリンとオーケストラの対話が濃密で、特にヴァイオリンとオーボエとの対話は聴かせどころです。第3楽章はヴァイオリンの魅力を存分に伝えるような輝かしい歌が披露されます。超絶技巧を聴かせるのではなく、プリマドンナが現れたような歌心あふれる楽章です。
- ――カプソンのモットーは、「ヴァイオリンを豊かにうたわせること」。その美しく香り高い歌がサン=サーンスのコンチェルトで発揮される。その音楽を支えるのが大切な楽器。いま使用している楽器は…。
- アイザック・スターンが50年間愛用していた1737年製グァルネリ・デル・ジェスです。楽器との出合いは恋愛と同じようなもので、タイミングと相性が大切だと思います。この楽器はスイス=イタリア銀行から寄贈されたもので、最初に弾いたときから私に語りかけてくれる楽器だったため、すぐに呼応できました。男性的で野性的で、奥深い音色が持ち味で、さまざまなレパートリーを可能にしてくれます。
- ――カプソンは、2015年1月に開館したパリのフィルハーモニー・ド・パリのオープニングで演奏する栄誉に浴し、アンリ・デュティユーのヴァイオリン協奏曲を演奏した。
- このホールはパリ市民が30年間待ちに待っていたもので、ようやく完成しました。2400席の大ホールです。これに続き、日本に行くまでにスケジュールが詰まっていますが、走り続けながら日本公演でもいい演奏をしたいと思っています。今後は、録音もいろいろ組まれていて、近々ラロとブルッフのヴァイオリン協奏曲の予定が入っています。
- ――好物のステーキをもりもり食べ、休暇にはスキーを楽しみ、体力と気力を充実させて過密スケジュールをこなすという。来日公演では濃密なサン=サーンスが聴けそうだ。
取材・文:伊熊よし子(音楽評論家)