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チケットぴあインタビュー

森島康仁

森島康仁
森島康仁は紆余曲折の2008年を駆け抜けた。セレッソ大阪で出場機会を失い、北京五輪代表メンバーからは落選した。大分トリニータに移籍すると状況は一変する。ヤマザキナビスコカップ制覇に貢献し、日本代表にも招集された。浮き沈みの激しい、濃密過ぎる2008年を経て、デカモリシは新シーズンに向けて、新たな“誓い”を立てた。

――1年と思えないほど濃密な時間を過ごしましたが、改めて振り返ると2008年はどんな年でしたか?

「すごく悔しい1年でした。北京五輪は絶対に出たい大会でしたけど、セレッソで全然活躍できなくて……。悔しいし、自分自身に腹が立ちました」

――大分トリニータに移籍した後、日本代表への招集やヤマザキナビスコカップ優勝など、喜びも多かったと思いますが、悔しさの方が大きいですか?

「プロに入って初めてどん底を味わいました。デカモリシという存在がなくなるかと思いましたし、本当に怖かったです。セレッソの練習でもレギュラー組に入れなくて……。だけど、練習でも『絶対に手を抜かずにやろう』と決め、それがキッカケで大分トリニータに拾ってもらえた。移籍がその後の活躍に繋がりました。本当に決断してよかったです」

――移籍後、シャムスカ監督に勇気を与えられるような言葉をかけられたんですよね。

「シャムスカ監督に『すごい迷いながら練習していたんだろう。自分のプレーイスタイルで思い切りやっていいから』と言われて、本当に涙が出るくらいうれしかったです。僕のようなフィジカル系のFWはどんどんセレッソからいなくなり、クルピ監督が求めていたのはスピード系のFWでしたから。シャムスカ監督は僕のフィジカルを生かしたプレーを認めてくれた。それに僕に自信を与えてくれたんです。チームが悪い流れの時どうなるかはわからないけど、シャムスカ監督への信頼感は変わらないと思います」

――移籍は通常流れが悪いチームに入るものですが、森島さんが加入したトリニータはいい流れでした。流れのいいチームに入るのも大変ですよね。

「もし僕が出て『チームの流れが悪く変わったらどうしよう』とは考えましたね(笑)。初出場となった(18節の)ジュビロ磐田戦は途中出場するまで0-1で負けていたんですよ。『うわぁ~、俺が入ったからや~』って内心ビクビクでしたが、2ゴールに絡むプレーができた。あの試合で完全に掴みましたね。あれで吹っ切れました」

――ナビスコカップでは見事に初タイトルを獲得し、その後の優勝が狙える位置でリーグ戦を迎えました。ナビスコカップを勝った強さと、リーグ戦残り4試合で優勝できなかった弱さをどう捉えてますか?

「まずナビスコカップ決勝は『絶対にタイトルを取りたい』という気持ちがチーム全体にありました。ひとりひとりの優勝したいという思いがチームでひとつになり、相当な力になって出たと思います」

――それに対して、リーグ戦は……。

「改めて考えてみると、ナビスコカップの時のように選手ひとりひとりの『絶対に何が何でも勝つ!』という強い気持ちがチームとしてまとまり切らなかったかもしれません。残り4試合で1勝2分1敗ですか……。あそこは勝ち切らないといけなかったですね。むしろ、(32節で対戦した)鹿島アントラーズの方から『勝ちたい、優勝したい』というオーラをバンバン感じました。トリニータにはナビスコカップ優勝でどこか満足してしまったところがあったかもしれません。そういうメンタル面を含め、リーグ戦を勝つ難しさとアントラーズの強さを改めて痛感させられました」

――今季、トリニータへの完全移籍が決定した際、タイトル獲得と日本代表のふたつの目標をコメントしています。今年の目標はこのふたつですね。

「昨年の10月に初めて呼ばれたんですが、日本代表は本当に充実していました。久々に嘉人さん(大久保・ヴォルフスブルク)や香川(真司・セレッソ大阪)ともサッカーができましたし。A代表では何も考えてなかった、考える余裕がなかったですね。精一杯プレーすることだけを考えていました。ただあの時はまだA代表に定着するだけの力はないと思っていましたし、今でも代表に呼ばれているFWに負けています。もちろん諦めていませんし、また日本代表には行きたい。そのためにも大分で必死にがんばります」

――トリニータでタイトルを取るため、日本代表に呼ばれるためにすることと言えばなんでしょうか。

「点を取ることです。点を取るためには試合に出ないといけない。うちには高松大樹という素晴らしいFWがいますから、まず大樹さんを超えないといけない」

――ライバルの高松選手のすごいと思う点はどこですか。

「ミスがない。僕がまだまだミスが多いですけど、大樹さんはミスがない」

――それでは、ここは負けていないという点は何でしょう。

「僕の方が足は速いし、走れるし、ヘディングも強い。それに両足でシュートを蹴れます」

――ご自身の調子のバロメーターを図るプレーはありますか? あったら、それはどんなプレーですか?

「ヘディングにはこだわりがありますから、競り合いですね。闘莉王さん(田中マルクス・浦和レッズ)とか岩政さん(大樹・鹿島アントラーズ)には絶対ヘディングの競り合いで負けたくない。自軍のゴールキックから競り負けると相手ボールになってしまうんで、そこでは負けたくないですね」

――クロスボールやセットプレーに対してのヘディングではなく、ゴールキックからのヘディングですか。

「そうです。僕はハーフウェイの競り合いでリズムに乗っていくタイプなんです。あそこの競り合いで負けていたら、ゴール前で勝てるわけがないし、ゴールなんて取れないですから」

――チームとしても個人としても、今季は勝負の年ですよね。

「しっかり調整をしていかないと、今季は本当に危ない。セレッソで2005年に優勝争いをしたんですが、翌年にJ2に落ちてしまった。メンバーも揃っていたのに、降格してしまった苦い経験をしてますから……。トリニータも昨年と同じ戦い方では通用しないと思いますし、もし守備が崩壊すると自信もなくなってしまう。チームとしては守備がベースになんですが、僕も守備で貢献しながらゴールを決めていきたいですね」

――それこそ、森島選手の口癖でもある「プロ1年目の気持ちで」ですね。

「そうです。プロ1年目の時の新鮮な気持ちは大事ですね。僕たちは好きなサッカーをやって生活できる幸せを忘れてはいけない」

――理想とするストライカー像を100とすると今は何パーセントぐらいですか。

「全然1パーセントぐらいです。僕は計画型ではないから、一日一日壁を乗り越えていけば先が見えてくると思うんです。今年は『トリニータでタイトルを取りたい』『日本代表に入りたい』という目標はあるんですけど、そのために一日一日の積み重ねがあるんです。『今日は完璧だった』と思える生活を送っていけば、チームの結果も代表もついてくると思う。日々を一生懸命サッカーと向き合っていきます」



取材・構成:碧山緒里摩(ぴあ編集部) 撮影:大崎聡

森島康仁

森島康仁

森島康仁

森島康仁

プロフィール

'87年、兵庫県生まれ。滝川二高を経て、'06年中学時代所属していたセレッソ大阪入り。同年9月にJ1リーグ戦デビュー。’07年にセレッソのレギュラーに定着するも、翌シーズンは出場機会が減り、7月に大分トリニータに移籍。また'06年アジアユースで3ゴールを上げ日本の準優勝に導き、翌年のU-20W杯でも2ゴールの活躍を見せ16強入りに貢献。’08年には北京五輪代表に名を連ね、10月にはフル代表にも招集される。スケールが大きく、身体能力の高いストライカーとしてさらなる活躍が期待される。