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チケットぴあインタビュー

小笠原満男(鹿島アントラーズ)

小笠原満男(鹿島アントラーズ)

東日本大震災発生から約15カ月が経過したが、被災地には苦しんでいる人たちがまだまだ大勢いる。震災からの復興はまだまだ道半ば。被災された方々の笑顔を取り戻すため、復興支援活動を続ける小笠原は、そう痛感している。そこで、21日に行われるJリーグスペシャルマッチを前に、被災地の現状や自身の活動、そしてJリーグスペシャルマッチに対する思いについて話を聞いた。
――6月下旬、1日だけのオフを使って大船渡を訪れていましたが、震災から1年3カ月程経過した東北の様子はどう映りましたか?

「津波が来たところは片付けられているけど、いまだに瓦礫はあるし、車は山積みだし、復興は全然進んでいない。震災のあと“絆”だとか“日本中がまとまって”という言葉をよく耳にしたけど、本気になってやったらもっとできると思うんですよ。なんでここまでしか進まないんだろう、というもどかしさはすごく感じましたね」

――大船渡高校でのイベントでは子どもたちと触れあったそうですね

「とても喜んでくれるし、何事もなかったかのように笑顔になってくれる。でも、指導者の方々からは、グラウンドだと楽しそうだけどなかなか家に帰りたがらないという話を聞きました。家に帰るには瓦礫のなかを通るし、その家も仮設住宅。友達といると気持ちが紛れるけど、そこを離れると現実に戻ってしまう、という話を聞くといたたまれないですよね。この笑顔を奪っちゃいけないな、と思います」

――被災地では肥満体型の子どもが増えていると聞きます。実際はどうでしたか?

「運動不足は顕著ですよね。聞くと、やっぱり運動ができてないし、運動ができないから発散できてない。授業中に奇声を発する子もいるし、サッカーをやらせてもすぐに息が上がるんですよ。それに去年のイベントで『これからもがんばって練習してサッカー上手になれよ』と言ったら『僕たち練習したくてもする場所がないんです』と返ってきたんです。これはなんとかしなければいけないな、と思いましたよね。仮設住宅が学校の校庭から無くなるには少なくとも3年かかるのではないか、と言われています。“少なくとも”ですからね。長ければ何年かかるかわからない。そこで、そういう場を作るために、大船渡の同級生たちが、“東北人魂・岩手グラウンドプロジェクト”を起ち上げました。この活動では、子どもたちだけでなく市民の方にも、ふれあいを持ってもらえる場所を無料提供しようと考えているし、東北人魂として協力していきたいと思います。」

――東北人魂を主宰していることもそうですが、すごいリーダーシップですね。

「メディアに出ることは、あんまり好きじゃないしやりたくないんです。でも、テレビを見ても震災関連の報道は減っているし、発信できる人が発信していかないといけない。僕らが発信することで、誰かがあとに続いてくれたり、何か力になろうという人がいるのであれば、メディアに出る意味はあると思っています。忘れられてしまうのがいちばん怖い。現地を見に行った方なら分かると思いますが、街が元に戻るには相当な時間がかかると思います。みんなが気持ちや力を合わせたら、もっとスピード感を持って戻っていくと思うので、決して忘れずに助けていただきたい、という気持ちが強いですね」

――そういった意味では、東北人魂のこれからの活動も大事になってくるのではないですか?

「やらなきゃいけないことはたくさんあるのですが、僕らにできることはやっぱりサッカーに関わることだと思います。このJリーグスペシャルマッチでは、東北人魂のブースを出させてもらえることになったので、そこで写真と映像を使って活動報告をするつもりです。また、これまでの募金についても皆さんに直接お礼を言いたいと思っています。30分でもいいのでブースに立ちたいですね。あと、もし僕らの活動を知っていただいて、さらに東北人魂・岩手グラウンドプロジェクトにも賛同していただけるのであれば、募金に協力していただけたらと思います」

――ものすごいパワーが必要な活動だと思いますが、そのモチベーションはどこから来るのですか?

「正直、シーズンを戦いながらの難しさはあります。でも、僕らは何かをやってあげるという意識はありません。恩返しがしたいという気持ちです。いま僕らがJリーガーになれたのも、東北地方のいろいろなところに行って試合して、いろいろな人の恩があったからです。地位や名誉やお金のためではなく、その人たちが苦労しているのなら何か力になろう、育ててくれた東北のために力になろう、と思って活動しています。世の中の関心はどうしても薄れがちですけど、僕らだけはそれを絶やしたくない。そういう気持ちはみんなが持っているので、継続してやっていきたと思っています」

――被災地という意味では茨城も同じです。Jリーグでは成績が残せていないことをどう感じていましたか?

「勝てないもどかしさは確かにありますね。イベントをやっても勝てないと心配されるし、なんとか結果を出していきたいな、という思いはありました。ただ、まだシーズンは半分しか経過していないので。このままの順位で、これで終わったわけじゃない。また勝っていけばいいし、まだ全チームと対戦できる。上位陣とも対戦できるので、そこをきっちり勝っていければ上も見えてくると思います。決して悲観せずに、チーム一丸で戦っていければいいかなと思います。あれこれ悪いところを言うのではなくて、みんなで信じ合って、助け合っていく。それがこのチームのスタンスであり良さなので。それがある限り、勝っていける。大丈夫だと思います。いちばん恐いのはチームがバラバラになってしまうことです。被災地のクラブであることは、自分にとっては大きなモチベーションにはなっています。それをプラスに変えたいなと思っているし、それができているのがベガルタだと思います。いまだに毎週のように選手たちがいろんなところに出向いて活動していると聞くし、それで結果を出している。僕らもホームタウンで小学校訪問を始めましたが、やる意味は間違いなくある。地域に出向いて皆さんと共にあるんだということを示すのは大事なことだと思います。さらに勝っていけばお客さんも入るだろうし、お客さんの後押しがあればさらに勝っていく、という相乗効果があると思う。そういうところに持っていけたらいいですね」

――鹿島アントラーズのホームタウンもようやく道路が直り始めたりして、復興に向けて動き出した感じがありますよね。

「少しずつね、ここも戻りつつありますけど、やっぱり完全な復興までは行ってないし、まだ応急処置的な感じでボコボコしているところもあれば、いまだに瓦の屋根を直せずにブルーシートで覆っている家もあります。震災の直後は、このクラブハウスも液状化現象が起きたし、余震も続いて、水道はストップして、食糧もなくなりつつあるなかで、初めて怪我以外でサッカーができないという状態になった。当たり前にサッカーができて、当たり前に試合ができて、当たり前にお客さんが来てくれると思っちゃいけない。いまでもその気持ちは持ち続けていて、今後も持たなきゃいけないな、と思っています」

――やはり、震災前後で意識は大きく変わった?

「以前からそういうことを考えなかったことがないことはありませんが、そんなに感じる瞬間はなかったかもしれません。毎日のように洗濯物が畳んであったり、綺麗な芝の上でサッカーができたり、そういうあたりまえのことをより強く感じるようになりました。やはり久しぶりにカシマスタジアムで試合ができたときはうれしかったし、ここで練習が再開できたときもうれしかった。世の中は節電や節水と言ってるけど、じつは、それって当たり前のこと。そういうのを見直すべきなんじゃないかなと思いますね」

――このチャリティーマッチもカシマスタジアムでの開催になります。
「忘れられがちですけど茨城も被災地であり、そこでやってくれる意味も大きいと思います。カシマスタジアムでやれること、それとベガルタ仙台とチームを組めるというのが個人的にはうれしくて。やっぱり一緒になってがんばりたいと思いますし、そこに東北出身の選手を絡めてくれるので、非常に意味のある試合になるんじゃないかな、と思います。感じ方は人それぞれだとは思いますが、見てくれる人にも何かが伝わる、意味のあるおもしろい試合にしたいですね」

――それでは最後に試合に来てくれるサポーターに対してメッセージをお願いします。

「普段のJリーグやヤマザキナビスコカップ、天皇杯とはまた違った楽しみがある試合だと思いますが、サッカーそのものが好きで来てくれると思うので、まずは存分にサッカーを楽しんでいただきたいなと思います。今回はみんなコンディションが良いので、真剣勝負で行くと思います。そして、この茨城も東北も、まだまだ復興の途中の段階で支援を必要としているところがたくさんあります。みなさん一人ひとりが何か形を見つけて、それができるのであればやっていただければと思います。そういう思いを持っていただけるだけでも十分です。復興はまだまだなんだという現実を知っていただきたいし、力になれるのだったら力になって欲しい」

聞き手:田中 滋
撮影:徳丸 篤史


(プロフィール)
小笠原満男
おがさわらみつお。1979年4月5日生まれ。岩手県大船渡市出身。173cm/72kg。大船渡高校を卒業後、98年に鹿島アントラーズへ入団。ゲームメーカーとして攻守を統率し、00年ナビスコカップ、Jリーグ、天皇杯の三冠達成に大きく貢献。02年日韓W杯、06年ドイツW杯に出場する。類稀なリーダーシップで常勝軍団を牽引している。