インタビュー

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“いま”という時代を鏡で映したような物語ですよ――。現在、新国立劇場で上演中の『マニラ瑞穂記』について、演出の栗山民也は目を輝かせながらそう語る。舞台は百数十年前、スペインからの独立に揺れるフィリピン。“からゆきさん”と呼ばれる娼婦たちを仲介する女衒から、独立運動に共鳴する若き志士たち、領事館のエリートまでそれぞれの立場を背負った日本人のドラマを描いた本作のどこが現代と共鳴するのか? 栗山から話を聞いた。

百十数年前の事件と現代の不思議な一致

――日本の演劇界において、公演の企画は通常だと2年ほど前から動き出す。つまり、ピンポイントで未来を見越し、“いま”の問題をテーマにすることは不可能に近いのだが、本作に関して栗山は、この1年から数か月にかけての日本、そして世界の情勢を見事に映し出していると指摘する。
優れた作品というのは時代を通り越して普遍的なテーマを必ず内包しているものだけど、この作品は特に現代を描いているとさえ言える作品だと思います。ちょうど第1幕の終わりに、300年にわたって君臨していたスペインが降伏したという知らせが入り、“フィリピンは独立した!”とみんな(=領事館に身を寄せた志士ら)狂喜する。『フィリッピンのことはフィリッピンの人々に任せて……』という言葉も出てくるけど、このあたりの流れなんて、まさにいま現在、ウクライナで起こっていることにロシアが介入し、それを世界中が非難して……という構図と全く同じ。しかも、第2幕では、実はこれは独立ではなく、スペインがアメリカに2千万ドルというお金でフィリピンを売っただけなんだということが知らされる。夢や希望を語る青臭い志士もいれば、そんなの分かりきったこと……という感じの者もいて、その上には超大国のアメリカが君臨しているというのはウクライナどころか、そのままいまの日本でしょ? そういう意味ですごく面白い芝居ですよ
――現代と過去の歴史の重なりが多く見られるが、その一方で登場する人物たちは、現代人以上に活力や希望に満ち溢れ、理想を語り、他人と交わって生きていく。
この前、新聞である小説家と哲学者が“欲望について”というテーマで対談してました。いまの若者に何を訴えるか? まず“欲望”だと。僕も同じことを感じています。役者でも、是が非でもこの役を勝ちとろうって若い奴は昔と比べて少ないですよ。狭い部屋でネットの世界に入っていくのが一番安心する日常になってしまっている。いみじくも、寺山修司が『書を捨てよ町へ出よう』と言ったけど、他人と出会い、何かを壊したり、壊されたりする中で関係を作っていく――この芝居に出てくるのはそんな人たちばかりなんだよね

“週刊誌文化”とは対極の考えさせる芝居

――中でも千葉哲也が演じる主人公の女衒・秋岡伝次郎は、天皇陛下を敬愛し、南方進出の先鞭をつけようと東南アジア各国を巡り、娼婦たちの売買を仲介するという矛盾や歪みを抱えた男だが、強烈な個性と不思議なカリスマ性にあふれ、女たちは自らこの男の後を付いて行くという、他人を惹きつけてやまない男として描かれている。
本当に魅力的な男ですよ。現代の価値観でいえば、明らかに間違った男ですけどね。作家(秋元松代)にとっても、ものすごくかわいい存在だったんでしょう。良いセリフも与えられていますが、そこはしっかりと“時代”が秋岡という男を裁いています。僕から見てどんな男か? 時代の申し子――いや、時代に少し遅れるか、ちょっとだけ先を走り抜けたのかな? そうやってずれている奴って魅力的なんですよ。『出る杭は打たれる』って、実に日本的なことわざで、秀でている者は叩かれるし、逆に落ちていった者は落ちこぼれとして見向きもされない。結局みんな、50点のところに安心してぶら下がって、同じ顔になっているんだよね。秋岡は『そんなんでたまるか!』という活力がある。『こいつは何者だ?』と問われても『秋岡だ!』としか言えない(笑)。いまの時代、そこまでアイデンティティのはっきりした人間はなかなかいないよね。
――ひと言では言い表せない重厚さを持った物語。決して善悪・白黒のはっきりとした、わかりやすい物語ではない。だが、万人受けする“わかりやすさ”からは決して得ることのできない鋭さ、切れ味をのぞかせる作品である。
確かに『どんなジャンルの物語か?』と聞かれても絶句しちゃう(苦笑)。歴史劇とも言えるけど、悲劇でもあるし、喜劇とも言える。もっとわかりやすい、メジャーな事件に人々の目は向きがちだけど、僕はこういう芝居を大事にしたい。いまは文化もメディアも1週間ごとの“週刊誌文化”でしょ? 『今週はコレ! 来週は何が流行るか?』という、ただそれだけ。ニュースもTVも、わかりやすい解説や解答しか喜ばれない。でも、時間をかけてじっくりと自分の中で熟すまで考えないと、言葉も文化も育たないし、人間の魅力というのは分からないんですよ。そういう意味でこの作品は、知的好奇心を刺激し、じっくりと考えさせてくれる作品ですよ。歴史の岐路で、どの道を選んでどちらに進むのか? その決断のゾクッとするような瞬間を味わってもらえると思います。歴史って、まさに現在進行形で、最初から決められたものなんてなくて、小さなひとつの言動が思いも寄らない結果を生み出したりする。こないだの日米韓の会談もそう(笑)。そういう歴史の岐路に、見ている人自身が立っているかのように感じてもらえると思います。決して過去を描いているだけではない、“いま”を描いた危険な歴史劇なんです。

取材・文:黒豆直樹

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