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K-1転向の真相をつづった自叙伝『曙』を出版した曙太郎を招き行なわれたトークバトルの模様を余すところなくお届けします。

ぴあトークバトルVol.34
「自叙伝『曙』出版記念イベント」

前編

<ホスト>
青島健太
'58年新潟県生まれ。春日部高-慶応大-東芝と進み、’85年ヤクルト・スワローズに入団。同年5月の公式戦初打席でホームランを放つ。5年間のプロ生活を経て、現在はスポーツライター、キャスターとして様々なメディアを通じてスポーツの醍醐味を伝えている。

<ゲスト>
曙 太郎
'69年アメリカハワイ州生まれ。'88年初土俵を踏み、'93年には史上初の外国人横綱となる。その後日本に帰化。史上4位の横綱在位48場所を誇り、幕内優勝11回、通算654勝232敗181休という成績を残し引退。引退後は東関部屋付きの親方として後進の指導にあたっていたが、'03年突如K-1参戦を表明し、大晦日のボブ・サップ戦でデビューした。

谷川貞治
'61年愛知県生まれ。大学卒業後、ベースボールマガジン社入社。格闘技専門誌「格闘技通信」編集長を経てフリーに。フジテレビK-1中継の解説やコメンテーターなどを務める。'03年にはK-1イベントプロデューサーに就任し、K-1の運営に辣腕を振るう。

青島:ぴあトークバトル スポーツ快楽主義 VOL.34「自叙伝『曙』出版記念イベント」。さあ皆さんこんばんは。普段ではなかなか聞けない話、今夜もたっぷりお送りしてまいります。ぴあトークバトルも第34回を迎えました。私も楽しみにして来ましたんで、熱くいきたいと思います。今夜も2 時間、ノンストップでお送りしていきますので、どうぞ皆さん最後まで楽しんでください。それではゲストの方々をご紹介します。まずは、曙K-1転向の仕掛け人となったこの方です。その辺りのことは今日たくさん聞きたいと思います。K-1 イベントプロデュ-サ-、谷川貞治さんです、どうぞ。
会場:拍手
谷川:たくさんいらっしゃいますね。よろしくお願いします。
青島:年末からというか、一年中、谷川さんのお顔を見っぱなしです。
谷川:ありがとうございます。最近よく出てますからね。よろしくお願いします。
青島:今日は本当によろしくお願いします。それではいよいよこの人に登場していただきましょう。1969年、ハワイ、オアフ島生まれ。1988年春場所で初土俵を踏み、以後序の口から新小結まで18場所連続勝ち越しの新記録を作りました。1993年1月場所後、外国出身力士として初の横綱に昇進。歴代横綱のなかでも、史上最大の巨体を生かし、相手を圧倒する相撲で、若・貴兄弟とともに大相撲ブームの立役者となりました。そして2001年 1月場所後引退。頂点に立たれて48場所。優勝回数、実に11回。引退後は東関部屋付きの曙親方として、後進の指導にあたられておりましたが、2003年11月5 日日本相撲協会に退職願を提出。プロ格闘家に転向され、K-1 ファイターとして12月31日大晦日、あの名古屋ドームにてボブ・サップとデビュー戦を戦いました。曙太郎さんです。
会場:拍手
青島:いやあ。ソファもですね、曙さんはダブルでゆったりと座っていただいていますけども。今日はいろんな話聞けると思うので、本当にたくさんの方たちが詰めかけております。よろしくお願いします。
会場:拍手
青島:さあそれでは、熱くいきましょう。改めてご紹介します。K-1 イベントプロデューサーの谷川貞治です。
谷川:よろしくお願いします。
会場:拍手
青島:第64代横綱、K-1ファイター曙太郎さんです。
曙:よろしくお願いします。
会場:拍手
青島:トークバトル史上最大、最強のゲストをお迎えしたという形ですけども。トークバトルとは銘打っておりますが、私は今日、バトルする気はありません。怖いです。ちょっと曙さん立ってください、もう一度。谷川さんも。
谷川:僕も大きい方ですよ。
青島:大きい方ですよね。私、183cm あるんです。
谷川:僕も180cm ぐらいあるんです。
青島:一応地下鉄とか乗ると、けっこう大きいですよ。
谷川:僕もよくデブだって言われるんですけど。
青島:さてこの度、ぴあの方から『曙』という本が出まして、今日はそういうご縁もあって、このバトルが実現したということですが。まだ皆さん、読まれていないですよね。
谷川:明日、発売ですか。
青島:そうですね。読ませていただきましたけども、久々におもしろいですね。一気に読めますね。
谷川:読みやすいですよね、行間とか、デザインがすごくいい。
青島:こういうイベントだと「青島よいしょしてんだろ」と、こう思われる方もいるかもわかりませんが、掛け値なしに本当に。簡単にいい本ですっていうのはもったいないくらいですけども、本当にいろいろなものが詰まっております。この本を読んでいただければ、間違いなく曙さんのさらなるファンになると思いますし、谷川さんのファンになる方も多いんじゃないかなと私は思います。いい具合に登場するんですよ、谷川さんがね。
谷川:どういうふうに横綱に声を掛けたのか。
青島:ですので、ぜひ読んでいただきたいんですが、本の流れや中身にも少し触れながら、お話を進めさせていただこうかと思いますけども。曙さん、まず今日の気分はいかがですか。
曙:今日は絶好調です。
青島:絶好調。
谷川:トークショーとかけっこうやるの。
曙:最近、K-1 に転向してからですね。
谷川:そうですか、K-1になってから、へえ。
曙:横綱時代は何をしてたんだろうって思うんですよ。
青島:良かった、気分よくて。さあまずは、『曙』は本当にいい本ですけども、いったいどんなお気持ちでこの本、出そうかなと思われたんですか。
曙:とにかく一番大きな思いっていうのは、みんな想像してこうだから転向したとかいろんなことを言ってたりとかするんですが、実際の気持ちを素直に伝えたかったんです。実際のところ、何が起こったかを素直に伝えたかった。
青島:曙さんが今言ったけど、本当に素直な気持ちが。
谷川:けっこうね、なぜ横綱からK-1 ファイターになったかいろいろ噂になったり、記事が出たこともありましたけど、そういう意味でもいいですよね、こういう本を出すのは。
青島:もうまさに電光石火というか、決断されるまでの8 日間というのがものすごい勢いで進んでいくんですよね。曙さんの心情を吐露されながら、話は進んでいくんですけれども。そもそもやはり、ここから話を起こさなければならないと思うんですが。なぜK-1 に行くことになったのかというところですが、その張本人が今日はいらっしゃいますから、仕掛け人が。
谷川:僕が騙したんですね。
曙:いや、騙したわけじゃない。
青島:谷川さん、いつぐらいから曙さんに注目されていましたか。
谷川:もちろん昔から注目はしていたんですけど、横綱を辞められて、親方になって、当然部屋を継ぐとかそういう道を進むかなと思っていたんですが。横綱から他の格闘技に行くなんてことは、滅多にあり得ないことじゃないですか。そういう意味では、全然誘う気持ちはなかったんですけど、噂で横綱がまだ完全燃焼していなくて、K-1のグローブを付けてたまに練習をしてるって聞いてたんです。これは一度ぜひ、話をしなければいけないなと思っていて。それがたまたま12月31日にですね、格闘技界がTBS とフジテレビと日本テレビの3 局でやるなかで、K-1は今回TBSさんとやらせてもらったんですけど、本当にいいカードを組みたいなって思ったのが重なって。それで、とにかく横綱に会って、一回お願いしたいなと。わざわざ福岡まで行ったんです。
青島:はい。
谷川:で、本にも書いてありますけど、電信柱でナンパしたんです。全然予告なしに行ったんです。
青島:全く。
谷川:何が起こったのか、わかってなかったと思います。
青島:何か、電話がかかってきたらしいですね、曙さん。
曙:そうですね。僕は滅多に電話に出ない人なんです。電話がかかってきてですね、しかも見たことがない番号からかかってきてたんです。
青島:ええ。
谷川:ちゃんと調べたんです、一応。
曙:全然わからない番号で、誰だろうって、スッて出たんです。
谷川:それはもう、運命ですよね。そういうところが。
青島:それも何か、ゴルフに行かれるときだか、ものすごい時間帯だったとか。
曙:そうです。あの日は、まあそのときは相撲協会の広報部だったんですけど、広報部主催のゴルフコンペで。それでゴルフ場に向かっている途中。
谷川:朝、お相撲さんって稽古してるじゃないですか。朝稽古のときに部屋へ行けば、会えると思ったんです。
青島:その辺は計算して。
谷川:だから朝、稽古場の近くに行って電話したら「いない」って、「ゴルフに出かけました」って。それで「今日の夜、会ってもらえませんか」っていう話になって。そうしたら、横綱が「どうしたんですか」って。「いやいやちょっとお話があって」って。
青島:そのお電話は、当時親方を訪ねて、部屋の近くから電話したんですか。
谷川:部屋の近くから電話したんです。それで「今日は会えないなー」って思って。本当に会えなかったんですよね。で、次の日も行って。「何なんだろう」って思ったと思うんですけど、「ちょっと部屋の中には入れないので、部屋の外まで来てくれませんか」と言って、部屋の外で会いまして。大きな体で目立つんで、僕も大きいんで、電信柱の影まで連れて行って、紙を渡した。
青島:紙を。
谷川:契約書というか、覚書みたいなものです。
青島:もうそれを。
曙:そうですね。
青島:それを突然、しかも朝。
谷川:普通、こんなことしないですけどね。知り合いの新聞記者が話してたんだけども、親方がなんて言うんですかね、やりたいようなことを言っていると、チラチラ聞いてたんです。「本当?」って最初は思ったんですけど、実際にフランシスコ・フィリオさんとかレイ・セフォーさんと一緒のジムでやったことがあるっていうのは選手からも聞いてたんで。これは一度行かないとなっていう形で。10月末ですよね。
曙:そうです。福岡場所の1週間前です。
青島:1週間前ですよね。すごいですよ。30日の朝、ゴルフ場に行くときに電話があって、翌日31日の朝、谷川さんが部屋を訪ねられて。覚書を渡した。
谷川:それで、考えてくださいって感じで。
青島:そうですか。
谷川:横綱がそれを見てどういう反応をするかなって。怒られたりとか笑われるかなと思ったんですけど。本当にね、体からエネルギーがブワーッと上がってきましたね。シャドーやってましたもんね。部屋の壁を叩いて。これはもう、絶対にやると思いました、僕。
青島:でも曙さん、やっぱりいろいろ考えることがあったわけでしょ、もちろん。
曙:いやでもね、とにかく一番最初頭にフッと浮かんだのがですね、どうやって奥さんを納得させるかってことと・・・
青島:そこにいきましたか。
曙:もし辞めることになると、どう相撲協会を納得させるかってこと。
谷川:その二つですよね、やっぱり。
青島:その辺は谷川さんの方から何か。
谷川:他のファイターたちも、やっぱり奥さんはすごい重要ですよね。奥さんが反対したらたぶんできないと思うし。横綱もとりあえず奥さんに聞かれるということだったので。その辺のことも本に書いてあると思うんですけど、東京に帰ったとき、すぐに奥さんに会わせてもらったんです。僕らの方からきちんとご説明させてもらって。後はもう、相撲協会を辞めるのも大変だったと思うんですけども。何て言うんですかね、横綱は福岡場所が終わってから辞めますと言ってたんですけど、でも時間をかけると、いろいろ相談したりとか噂が流れたりとか、ろくなことがないんですよ。だから横綱に僕はもう、無理なことを言ったんです。「明日辞めてください」と。しかも、ものすごい勝手なお願いなんですけど、「きれいに辞めてください」と。
青島:「きれいに辞めてください」。
谷川:親方から理事長から全部ご挨拶して。めちゃめちゃプレッシャーだったと思いますよ。
青島:でも実質、奥さまも1 日で、そしてお相撲の方もきちんと。
谷川:1 日で。
青島:1 日で挨拶をされて。両方クリアーされたわけですけど、まずは奥さんの方のお話を伺いましょう。奥さんはどんなふうに話されたんですか。
曙:とりあえず、「朝、谷川さんが来たんだけど」って。そしたら「谷川さんって誰」って。「K-1の谷川さんだ」って説明したんですけど。それで「どうしたの」、「実はね、12月31日に試合に出てほしいんだって。どうします? 契約書までもらってるんだけど、とりあえずFAX で送るから」って。今考えると、本当にタイミングがよかった。皆さんご存知かどうかわからないですけど、“BOSS”の宣伝に出てまして。谷川さんに会って次の日、東京でそのCMの収録があって帰ってこなければいけなかったんです。仕事で東京に帰ってきて、それをやって。師匠に「奥さんに相談があるから東京に帰ります」って言ったら、絶対に帰らせてくれないですよ。
青島:なるほど。
曙:だからもう、タイミングが本当によかったんです。
谷川:本当によかったです。で、CMの撮影の後、奥さんに会わせてもらったんです。K-1っていうものを説明させてもらって、出てほしいと。僕も必死だったんですけど、逆に言うと、一番最初の感触がすごく悪かったら、ご迷惑をかけるだけだし、失礼なことになりますからすぐに引き下がろうと思ったんですけど、本当に感触がよかった。戦うことが好きな方なんですね。
青島:東京にたまたまタイミングよくコマールシャルの撮影で行かれて、その夜契約されるときに奥さまも行かれて、子どもさんも皆さん、連れていかれたんですよね。
谷川:そうそう。
青島:曙さん、やっぱり子どもさんを連れていかれる、奥さんつれていかれる、その辺りはどういうお気持ちなんですか。
曙:要するに、こういうことに飛び込むのはひとりだけじゃないんですよね。全員一緒に飛び込まないとなかなかうまくいくことないんですよね。今谷川さんが言ったように、なかなか奥さんが納得しないと、安定して戦える場を作ってくれないんですよ。そういう意味も含めて、全員。子どもがわからなくても、その雰囲気だけでも。全員一緒に連れていきたかった。
青島:谷川さん、奥さんの心配というか、聞かれたことっていうのはどういうことだったんですか。
谷川:体のことも心配だったんですけど、辞めて、親方になったら将来も見えてるなかで転向することによって、それが失敗しないかっていう心配はもちろん抱いたと思うんですけど。でも、意外とというか僕の印象なんですけど、奥さまは横綱を信頼して、「あなたがやりたんだったらいいわよ」っていう感じで。ずっとそんな姿勢でした。だから、これはどうなってるの、これはどうなってるの、こうなったらどうなるのっていう質問をあんまり受けずにですね、とにかく「横綱がやりたいんだったら、私はいいわ」って感じですね。本当にいい奥さんですね。奥さんによっては、全く反対して、本当に家族の崩壊にもなりかねないような。
青島:そりゃそうですよね。あとやはり、何と言っても相撲でね、横綱でいらっしゃって、親方でいらっしゃって、大変だったと思いますけど。
曙:今振り返ればですね、すごいことをしたんだなって思うんですけど、そのときは全くなかったですね。とにかく新しいことに向かって、毎日進むっていうことだけですね。その新しいことに向かって進むのに、やっぱりなるべくストレートに多くの応援が必要っていう気持ちでしたね。だからもう、協会に行ったときもですね、普通は協会事務所に、しかも場所の何日か前ですよ、一番忙しいときなのに。普通は事務所に行って、紙を出してですね、それで初めて話が進むんですけど。やはりそうすると、理事長とかの立場のことを考えると、立場がなくなるんですよね。やっぱり横綱っていうものは、相撲協会の看板力士であって、話をするんだったら、同じ横綱、現在理事長を務めている北の湖さんに直接話をするべきだって、谷川さんと相談して。直接行きました。
谷川:直接行きましたね。それはね、青島さん、すごい勇気ですよ。何も誰にも相談することなく辞表を持って、あの北の湖理事長のところに。持って行かせたのは僕なんですけど。悪いんですけど。でもすごい勇気のいる立派なことだなと思いましたね。理事長にけっこういいこと言われたんですよね、怒られたりすることなく。
曙:これ絶対に殴られるなって思ってたんです。本に詳しく書いてあるんですけど、とにかく理事長は忙しかったでしょうけど、部屋付きの親方にアポイントを取ってもらったんです。で、まあ、何時に来いって言われて行ったんです。北の湖さんですよ。24回優勝した北の湖さんですよ。もっとおかしいんですけど、前の晩、横綱会っていうのがあって。横綱会っていうのは、歴代の、今協会にいる横綱が忘年会として集まるんですよ。
青島:横綱になった方だけの会ですから、とんでもない会ですよね。
曙:谷川さんと話して頭の片方にK-1 があって、もう片方に横綱会があって。それが、横綱会の幹事になっちゃったんです。そこで「いやいやK-1 行きますから」って言えないし。だから次の日、前の晩は理事長と一緒に飲んで、どうやって言おうか、どうやって言おうかってずっと考えていたけど。電話でアポイントを取って、会ってもらいましたけど。今でも忘れられないですよね、その驚いた表情。
青島:だって前の日、横綱会でね、「曙、来年の幹事頼むぞ」って。
曙:まあとにかく「どうしたの」って言われて。なかなか切り出せなかったんですよね。それがようやく理事長の「何でもいいから、ストレートに言ってくれ」っていう一言で話せるようになって。どうしても協会にいるとですね、弟子は弟子、師匠は師匠ですからね。だから30歳になっても40歳になっても50歳になっても師匠が弟子にしゃべるように、「おい、曙!」って呼ばれるし。だけど初めて、その理事長の言葉で男として、大人として認めてくれたっていう気持ちになりましたよね。それで思い切って、ストレートに言いました。
青島:北の湖さんも腰抜かしてたでしょ。
谷川:K-1のことは、そのとき言ってないですね、まだ。
曙:そのときはまだ言ってないです。
青島:言ってなくて、ただ「辞める」と。でも、おおよそ察しはついていたんですかね、どうなんですかね。
曙:どうなんですかね。とにかく辞めるっていうことについて、驚いた表情で。
谷川:でも、辞め方がよかったってお言葉をいただいたんですよね。
曙:とりあえず「辞めたい」んではなくて、「ちょっと相談したいことがあるんですけど」って。で、相談をして、それから「辞めたいんですけど」っていう話をしたら、「じゃあ、こうこうこうした方がいいよ」って言われて。その通りしてまた理事長のところに戻って、「してきました」って話をして。「それだけ意志が固いんであれば、ぜひ協会としても応援するしかない」っていう話をいただきました。
青島:1日ですからね。北の湖さんのところに行かれて、東関親方、高砂親方、もう関係するところ全部回られて。そして、皆さんからお許しただいてきましたと言って、また理事長のところに戻って。
曙:14、15年相撲協会にいましたけど、あれだけ泣いたの初めてでしたね。
青島:泣けた理由はなんですか。
曙:いろいろありましたよね。もちろん、不安っていうのもありました。こんなことしていいのかっていう不安感もありましたけど、皆さんからいただいた温かい言葉っていうのが一番大きかったですね。皆さんから残ってほしいんだけど、それだけ意志が固いんだったらしょうがない、応援するしかないっていう話をいただいたときに、やっぱりこの転向はひとりだけのことではないなって思いました。
谷川:普通、相撲協会を辞められた方って変な辞め方をして、それから関係を断ってる方ってけっこういらっしゃるんですけど、曙さんの場合は、聞くところによると、本当に今も皆さんに応援されているっていういい関係だと僕は思うんですよね。そこはだからやっぱり曙さんの人柄と、本当にきちんと筋を通されたんではないかなという感じがします。
青島:まあでもこの話、最後にもう一度伺っておきますが、そういう大変なことも予想されるのに、でもK-1をやってみたかった。曙さん、その一番決断に向かわせてったものって何ですか。「もう一回やりたい、大変なことはあるけども」。何かくすぶっていたんですか。
曙:やっぱり勝負師の心ですね。もう純粋に好きですね。何が好きって聞かれてもわからないんですけど。勝負していること自体が好き。自分のことを追い込んで練習して、一段一段上に上っていくっていうことが、たぶん純粋に大好きですね。
青島:本のなかにもあったんでしたっけ。家でちょっと悶々としてて、ゴルフバッグを投げつけたり荒れてた日々があったと。
曙:たぶんK-1 の話が来なかったら、今だから言えますけど、離婚してたかも知れません。だから、ストレスが溜まって、発散する場所がなかったんです。
青島:まだ自分はいけるのに、親方ですと・・・
谷川:休場されて、やっぱり横綱だから辞めざるを得ない状況だったわけですよね。本当にまだ戦える部分があるって聞いてたし、3年も経てば膝も治りますしね。
曙:でも、ローキックをくらったら痛いですよ(笑)
青島:ローキックをくらって痛いという話が出ましたんで、そんな経緯でK-1へというところですが、その辺りも克明に本のなかには紹介がありますんで、さらに詳しくは本で読んでいただきたいと思いますが。さあ、そして迎えた「Dynamate!!」、12月31日。この日の話はやはり、伺わなければいけないですけど。
谷川:かっこよかったですよね。
青島:かっこよかったですよ。まずは試合前、控え室の辺りからお話を伺おうと思いますけども、どんなふうに過ごしていらしたんですか。
曙:いやもうとにかくですね、子どものようでしたよね。
青島:子どものよう?
曙:おもちゃ売り場とかお菓子売り場に行くような。これほしい、あれほしいっていうような感覚でしたよね。もう、ドキドキドキドキしちゃって。早く自分が勝たないかっていう。
青島:谷川さんは、控え室の方はのぞかれたんですか。
谷川:ちょっとだけ見ましたね。あいさつをして。解説してたんですけど、ときどきモニターで控え室の様子とか中継してるんで、どんな様子なのかなって見てたんですけど。横綱って、以前相撲を見たときに思ったんですけど、すごい入り込むじゃないですか。若乃花さんとすごいにらみ合いとか。
青島:目がもう、つり上がっていましたからね。
谷川:試合前はめちゃくちゃ入り込むんで、全然声も掛けられないのかなと思ったら、意外とリラックスしながら、緊張もしていたんでしょうけど、うれしそうだったのでその辺は安心したんですけども。1週間ぐらい前から、口もきかなくなるような。
曙:入り込んで悪かったかな。
谷川:いやいやそんなことはないですよ。
曙:全くですね。相撲の支度部屋とかではありましたけど、K-1の控室は全く違いますね。
青島:全く違う、どの辺りが。
曙:いや、どの辺りがって一回経験してみないと言葉では説明しづらいですね。もう、雰囲気全体が違いましたよね。横綱時代は、支度部屋に入ると通路がありましてですね、みんな向かい合って、順番で取り組みがあるんですけど、やっぱりそういうときも暗いし、あんまり隣の相撲取りには土俵入りが終わったら話しかけたりしないんですけど。K-1さんのロッカールームはすごいですよ。もうね、気合の入れ方も違うし。相撲の支度部屋に行くと、関取には若い衆が付いてるんでけなんですけど、こっちのロッカールームに行くと、トレーナーがアドバイスしてるし。特に横綱なんか、誰もアドバイスしないし。自分で考えて自分で準備運動したり、自分で今日の取り組みに入り込んで、自分で相撲を取りに行くんですけど、こっちは全然違うんですよね。もう、体をあっためてるときに、隣にレイ・セフォーさんがいて。今までテレビでしか見たことがなかった人がいて。
青島:向こうもそう思ってるんじゃないですか。
曙:俺がこの場にいてもいいのかって思いましたけどね。やっぱり一回味わってみないとなかなか説明しづらいですね。
青島:サップ選手への作戦的なものとか、そういうものを頭で整理されたりとかということはもちろんあったんですよね。
曙:全くないです。
青島:全くない? ほお!
曙:とにかく限られた2ヶ月近く、一生懸命練習してですね、練習したものをとにかくリングで出す。こう戦いたいとか、そういう余裕はなかったですよ。
谷川:でも、すごい突進でしたよ。ボブ・サップが吹っ飛んでましたからね。ボブ・サップが後で言ってたんですけど、本当は回り込む作戦だっんですけど、あの圧力で初めて後ろに下がらされた、回り込めなかったって。本当はあの勝負は紙一重で、最初の何分かの右のパンチとか惜しかったんですよね。ビデオで見てもらえればわかるんですけど。本当にいいところに当たってたら、ボブ・サップと言えども倒れていたと思いますけど。
青島:正直なところ、谷川さん、K-1ファイターになることを宣言されてから1ヶ月半あるかないかですよね。この期間っていうのはそうとう厳しいですよね。
谷川:自分で追い込んでました。朝、走ってましたからね。230kgの体でランニングして、ベンチプレスして、シャドーボクシングからスパーリングまでやってましたから。鼻血を出しながらですね。やっぱり横綱のプライドを捨ててやってたんですけど、本当に感動しましたね。だけど逆に言うと、横綱はこれだけ人気のある選手なんで、連日新聞とか賑わったじゃないですか。それを見て、ボブ・サップがめちゃくちゃ練習したんですよ。「これはまずい」と。今度の試合で負けたら、今まで日本で築いてきた人気を全部失っちゃうんじゃないかっていう。ボブ・サップも本当に一生懸命練習したんで、本当にいいパンチを打ってるんですよ。
曙:受けました。
谷川:2ヶ月ぐらい前のボブ・サップとは全然違うぐらい練習して。本人はすごく緊張してましたね。「負けたらどうしよう」って。
青島:谷川さんから声を掛けられて、もう1ヵ月半後に「Dynamate!!」。リングにいよいよ上がられてどんな感じでしたか、試合前というのは。
曙:いや、楽しかったですよ。
青島:上がったときに。
曙:花道とかね。今まで相撲でも花道は通ってましたけど、相撲の場合はひとりで花道を通るじゃないですか。それに相撲の場合は花道も電気が付いていて、お客さんがだいたい見えるじゃないですか。K-1の花道って、火は飛んでるはスモークはたかれているは。トレーナーさんははっぱかけてるし。もう、「これがやりたかったんだろ!」って。「お前の出番だよ!」とか言われると、「キャー!」って。
青島:「キャー!」という感じ。
谷川:横綱が最後ダウンして倒れたから、申し訳ないなって思ってたんです、時間も短かったし。横綱は覚えてないって言うんですけど、僕とか貴乃花親方とか見てたんですけど。
青島:放送席で。
谷川:みんなにおじぎをして。申し訳ないなって思ったんですけど、終わった後「本当に楽しかった、ありがとう」って言われたんで。すごい救われた気持ちというか。よかったのかなっていう気持ちになりました。本当にうれしそうでした、終わった後は。
青島:テレビ番組なんかでその様子を何度も見ましたけども、笑ってらしたですよね。
曙:らしいですね。
谷川:やっぱり勝負師なんですね。戦うことがもう楽しそうな感じ。
青島:右にくらって、最初のダウンをもらうじゃないですか。立ち上がりましたけども、あれはダメージ的にはいかがだったんですか。
曙:最初のダウンはですね、もちろん効いてるからダウンはしましたけども、そんなきついものではなかったんですよね。レイさんに言われたのは、まずダウンした場合は「カウント8まで立つな」。
青島:なるほど、ギリギリでしたよね。
曙:カウント2、カウント3で立ち上がれたんですけど、コーナーをフッと見たら「もうちょっといろ」っていうジェスチャーが見えて。
青島:そうなんですか。じゃあ、冷静でしたね非常に。
谷川:ボブ・サップはチャンスでしたよ。しかも時間がなかったんですよね。もう10秒ぐらいで1ラウンド終了で、ボブ・サップが突っ込んできたんです。でも、前に前に出ていてね。初めて出場した方が、打ち合うなんてすごいことですよ。普通、下がりますからね。
青島:しかもボブ・サップですからね。思い出したくないんですかね。でも、あえてまた伺いますけども、2発目でダウンと。あれは覚えていらっしゃいますか。
曙:何となくですね。やっぱり一番厳しく言われたことは、回り込まれたらスッとガードを固めて、早く回り込むっていうのをきつく言われてました、練習のときから。ただですね、相撲の場合って・・・ごめんないね、いつも相撲の場合って言って、相撲の場合、出稽古っていうのがあるんですよね。だから同じ横綱でも、横綱の部屋に行って一緒に稽古をしたり、できるんです。場所に行ったら、この力士はだいたいこういうんだっていう感触はあるじゃないですか。このK-1っていうのはですね、まったく想像がつかない。パンチはどれだけ強いのかとか。練習中にだいぶ殴られたんですけど、スパーリングの相手はみんなちっちゃかったし、ボブ・サップさんとは全然違うパンチを打つんで。パンチはどんなもんかとか、蹴りはどんなもんかとか、全く想像がつかなかったですね。前にサップさんのインタビューを見てたんですけど、やはり足が弱いから、この試合は足を狙って蹴っていくと。それで、そればっかり頭にあったんです。とにかく足を動かしたら、足を上げて蹴り返す。絶対にサップさんが思っているような倒れ方はしない、そう自分の中では思ってました。だから足ばっかり気にしちゃって。今度はガードが段々段々・・・やっぱり経験のなさですよね。
青島:なるほど。
谷川:ブロックはよくしましたね、足を上げて。
曙:蹴りはこんなもんかってしか思わなかったんですけど、僕が足を気にしてるところに、右がきたんです。
青島:サップさんも曙さんのスパーリングを見ながら研究したんですかね。こう、よっしゃーみたいな、わかったぞーみたいな。ですから、ローキックを出してきてっていうところですけどね。申し訳ないんですけど、ノックアウトの経験がないものですから、どんな感じなんですか。
曙:いや、俺も初めてでしたけどね。
青島:初めてですか。
曙:意外とですね、気持ちいいんですよ。何て言うのか、フワ~ッと自分ではなくなるんですよね。だから痛みも全部消えるんです。
青島:で、気が付いたら、起きられたら試合が終わってたと。
谷川:って言うか、控え室に戻ってくる辺りまで覚えてないんですよね。
青島:覚えてないですか。
曙:30分ぐらい覚えてないです。
青島:そうなんですか。
谷川:でも、陽気でした。陽気で、きちんとあいさつもしてるし。
青島:ものすごいニコニコされて。通路を歩いてるところが写っているときに。
曙:フワッとしてたんです。
谷川:試合前もそうだし、試合が終わってからもそうですけど、ポジティブな方なんですよ。グーッと落ち込んだりとか、そういう感じにはならないんですね。
青島:控え室に戻られてから、ご家族の方、皆さんいらっしゃってて。もう、子どもさんも、「パパ、パパ」って集まってきて。
曙:しばらく控え室で座ってたんですよ。自分のなかでは、どうやって控え室に戻っていったか覚えてないんですよ。で、急にフッと意識が戻って。頭がボーッとして。「あれ、試合はどうしたんだよ」ってセコンドに聞いて。「いやもう、終わりましたよ」。「どうやって負けたんだよ」、「1ラウンドでKOだけど」って言われて。その日はまあ全然試合のことは何もわからないまま過ごしたんですけど、次の日ですね、段々段々蘇ってくるんです。
青島:息子さんやお嬢さんが寄ってきて、ハッとするよなことを息子さんも言ってましたよね。「パパ、どうして寝てたの」とかってね。
曙:それがいちばん効いた(笑)
青島:あれ、何て答えていたんでしたっけ。
曙:「いや、眠たかったから」。「眠いんなら、ベッドで寝た方がいいよ」って。
青島:それが一番効いた?
曙:やっぱり子どもっていうのは純粋ですからね。いずれはわかるようになりますよ。

後編へつづく

取材・文:CREW
撮影:田中秀宏