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11月14日に開催された「Takuma Club Meeting 2004」の模様を、@ぴあ/トークバトル特別編として掲載します。

「Takuma Club Meeting 2004」

前編

<ゲスト>
佐藤琢磨
'77年、東京都生まれ。高校時代には自ら自転車部を創設しインターハイ優勝、早稲田大入学後には全日本選手権優勝など、自転車選手として華々しい成績を残す。その後'97年にレーシングスクールSRS-Fに合格し、レーシングドライバーとしてのキャリアをスタート。'98年、全日本F3に半年間参戦した後渡英し、'00年イギリスF3にステップアップする。翌年12勝を挙げてシリーズチャンピオンに輝くと、'02年はジョーダン無限ホンダからF1デビュー(5位入賞1回)、'03年にはBARホンダのテストドライバーを務める(スポット参戦した鈴鹿で6位入賞)。'04年にレギュラードライバーに昇格し、日本人として14年ぶりの表彰台に上がるなど9度の入賞を果たした。

川崎:皆さんこんにちは。本日は佐藤琢磨スペシャルイベント「Takuma Club Meeting 2004」にようこそお越しくださいました。私、本日の進行を務めさせていただきます、川崎香と申します。どうぞよろしくお願いします。
会場:拍手
川崎:ありがとうございます。ようやくシーズンを終え、佐藤琢磨選手が皆さんのもとに帰ってまいりました。今日は皆さんとともに楽しく行っていきたいと思います。ちなみにですね、前回のMeetingにいらっしゃったという方、どのぐらいいらっしゃるんでしょうか。手を挙げていただけますでしょうか。はい、ありがとうございます。小さい子も元気に挙げていただきましたけれどもね。昨年のですね、「New Challenge with Takuma」に、たくさんの方がいらしていただいたわけなんですけれども。今年はですね、琢磨選手の活躍同様、さらにパワーアップいたしまして、先週の大阪、そして今週の東京と2回にわたってお送りしていきます。大阪もかなり盛り上がりましたが、東京の方も盛り上がっていきたいと思います。本日は、佐藤琢磨選手の今年の活躍を支えてくださった皆さまといっしょに、楽しいイベントにしていきたいと思います。短い時間ではございますけれども、どうぞよろしくお願いいたします。さあそれでは、皆さまお待ちかねと思いますので、さっそく登場していただきましょう。佐藤琢磨選手です。
会場:拍手
佐藤:皆さん、こんにちは。
会場:拍手
川崎:さてさて、今回もものすごいたくさんの方にいらしていただきましたけれどもね。うれしいですよね。
佐藤:すごいですね。もう本当に満員ですね。
川崎:ちなみにですね、今年のF1をテレビで全戦見たって方、どのくらいいらっしゃいますか。大勢いますね。じゃ、このなかで鈴鹿に行っちゃったよっていう方。琢磨さん、どうですかね。
佐藤:ほとんど全員ですね。
川崎:うれしいですよね。
佐藤:うれしいです。
川崎:今回、ファンクラブの皆さん、そして琢磨さんを応援してくれた皆さんということで、ここだけのトークなどもいろいろ。
佐藤:そうですね。今日は基本的にはメディア等一切入ってないので、ここだけの話というのもね、たくさん盛り込んでいきたいと思っています。
川崎:わぉ。どうぞよろしくお願いいたします。
佐藤:よろしくお願いします。
会場:拍手
川崎:では、おかけください。さてさて前半はですね、ちょっとトークタイムということで、今年1年を振り返ってというお話から聞いていきたいんですけれども。今年はセンセーショナルな1年だったんですが、いかがでしたでしょうか。
佐藤:そうですね。何かこう、今考えるとね、長かったっていう気持ちがすごい強いんですね。
川崎:やってるときはもう、本当に次、次、次。
佐藤:やってるときはもう一生懸命だったし、毎戦とにかく攻めきったシーズンで。でもね、何て言うんだろうな。いや、今年は長かった。
川崎:「長かった」。その長かったわけをですね、いろいろ聞いていきたいと思うわけなんですけれども。今年新しいサーキットが2つ増えましたが、新しいサーキットはいかがでしたか。まずはバーレーン(’04年4月4日)。
佐藤:そうですね。バーレーンに関してはどうだろう、初めてトップグループとね、バトルができて、本当に勝負になるぞという気がした一戦でしたね。
川崎:私はあの一戦、すごくね、闘志を見たっていう感じなんですけれども。ねぇ。ちょっと壁に、何か。
佐藤:接触とかね。
川崎:あら、ラルフ(シューマッハ、ウィリアムズ・BMW)と。
佐藤:ちょっと弾けたレースでしたけれども。でもまあ、予選5番手からね、スタートして4番に上がって。そのあと、まあ本当に、ラルフ・シューマッハ、クルサード(デイビッド、マクラーレン・メルセデス)、ウィリアムズとマクラーレンと対等にやりあえるっていうのはやってて最高に楽しかった。
川崎:いや、本当に世界の佐藤琢磨だなっていうのを見せつけてくれたレースだったと思うんですよ。
佐藤:でもやっぱり、負けたくなかったんでね。それはもう、意地の張り合いじゃないけども、レースをやる以上はもう、トコトンね、やりあって。まああの、ちょっとラルフとの接触っていうのは残念だった部分もあるんだけれども。そういう意味ではそのあとね、クルサードとの勝負があって。まあ、ペナルティもなかったし。何かすごく大事なポイントになったようなレースですね。
川崎:私みたいな一レースファンとして見てると、ああいう何か接触があったり、何かがあったあとって、その選手と会いにくくないですか。
佐藤:確かにね、後味が悪い場合もあります。
川崎:でもまあそこは、スポーツマンシップに則って。
佐藤:そうですね。例えばまあ、ラルフとはね、元々そんなに話す仲じゃないんですけど、ああいうことがあって、審議があって、レース後に。それでまあ僕は何もなくて、ラルフ側に警告という風になったので、向こうは相当おもしろくなかったと思いますね。
川崎:でも、それがジャッジっていうことですからね。
佐藤:まあ、そういう意味では公平に見てもらって。やっぱり見てる人は見てるぞという意味ではもう、あのあともドンドン攻めてこうっていう気持ちになりました。
川崎:前半のヨーロッパラウンド、これはいかがでしたでしょうか。
佐藤:トラブルがね、結構続いて。そういう意味ではね、最初の2、3回はアンラッキーなのかなって思ったけども、5回6回って続いてくると、さすがにちょっとね、へこんだりもしたんだけども。それはやっぱり、みんなが最高のパフォーマンスを目指してるからこそできた結果でね。やっぱり去年から今年にかけてエンジンのルール変更はすごくて、3倍以上の耐久性がなくちゃいけないエンジンなのに、僕らはより軽く、よりパワフルに回転を上げてっていう、本当にガラスのようなエンジンだったんですね。ただ、それはもうほら、攻めてる結果だから。失敗があってもそれを乗り越えて次に強くなるっていう意味ではね、もう毎戦毎戦、僕は思いっきり走った。
川崎:ギリギリのところまで。
佐藤:すごいギリギリでしたね。
川崎:始めの頃、今おっしゃってたみたいに、思うように結果がつながらなかった。そんなときのチームっていうのはいかがだったんですか。
佐藤:確かに結果がね、今年は開幕戦のときから基本的には出てたし、パフォーマンスもよかったし、早く表彰台に上りたいっていうのもあったんだけども。僕たち全員が、攻めてるっていうのはみんな知ってたし、その結果としてトラブルでレースの結果につながらなくても、次のステップには必ずつながるレースだったから。そういう意味ではみんな、待ちわびていましたね。特に前半戦の後半まではね。
川崎:もう、私たちも待ちわびていましたよね。今か今かと思って、アメリカグランプリ(’04年6月20日)、ついに表彰台、おめでとうございます!
会場:拍手
川崎:もうこれは、何と言っても。本当に感動しました。
佐藤:そうですね。
川崎:あのときは、いけちゃうかもなっていうのは感じてましたか。
佐藤:でもアメリカの、ちょっと前にやっぱり、ニュルブルクリンク(’04年5月30日)のレースが自分のなかで大きなターニングポイントになって。もちろんあのときは最後はアクシデントもあったりで結果にはつながらなかったんだけれども、初めてフェラーリと同じスピードでレースを走れたんですね。
川崎:ゾクゾクしましたよ。
佐藤:このときまでは、例えばジェンソン(バトン、BAR・ホンダ)もずっと調子がよくてね、表彰台には上がってたんだけれども、フェラーリチームとの差っていうのは圧倒的にあったの。どうしてもフェラーリのペースについていけない。そういう意味ではニュル(ニュルブルクリンク)で初めて、僕たちがラップタイム的にはフェラーリと変らないスピードで走れたんですよね。あのときは結局、シューマッハ(ミハエル、フェラーリ)は先に行っちゃったんだけれども、バリチェロ(ルーベンス、フェラーリ)2ストップと、僕3ストップで、見えないタイム争いをずっとしてて。
川崎:見てる側も、「どうやって計算したらいいんだろ、川井(一仁、F1ジャーナリスト)ちゃん!」という感じだった。
佐藤:そうですね。川井ちゃんのラップノートがほしいくらいだったんですけども。そういう意味でジョック(クレア、レースエンジニア)も計算はできるんですよね。例えばピットストップのときにどのくらい給油するか。要するに最後のピットストップの時点では、それからの燃料っていうのは決まっているんで。そうするととにかく1秒ビハインドだとか1秒リードだとか、バリチェロに対して。だから、次の4周で毎週コンマ1秒、つまり0.4秒かせがないと、前の周回遅れの車の前に出ないとかバリチェロの前に出ないとか、そういうね、無線を受けながら走ってたんですよ。
川崎:私もテレビで見てて、ジョックと琢磨選手のやりとりって本当におもしろいなって思って、あれを1時間。
佐藤:やってる方はおもしろくない。
川崎:たまにはファイティングしちゃうときもあるんですか、どうなんですか。
佐藤:ファイティングと言えば、ちょっとこれ、話が前後しちゃうけども、ブラジルグランプリ(’04年10月24日)でね。
川崎:最終戦。
佐藤:初めて意見が食い違って、レース中に。
川崎:おっ。それまでは、「うんうん、わかった」「うんうん、わかった」ってお互い、納得して。
佐藤:そうだね、基本的には僕が納得して。なかなかこう、自分から「これこれはどう」っていう言い方はあんまりなかったですよね。もちろんレース前にはそういう話し合いっていうのが多いんだけれども。レース中は基本的には、ジョックからドーンッてくる情報に対して僕が。
川崎:「OK、OK」って。
佐藤:反応するっていう。フロントリングを動かすどうのこうのっていうのは別にしてね、走りの部分では。ところがね、ブラジルグランプリのときは雨が降ってスタートして、あっという間に乾いちゃったんですね、路面が。で、ルノーがドライタイヤでスタートして、かなりいいペースで、もう4周目ぐらいで出てきちゃったの。
川崎:ああ、「タイヤ選択! ウ~」。
佐藤:そう。で、僕が前の車にちょっと突っかかったりとかね、いろいろ抜きつ抜かれつやってたんで、元々ラップタイプがそんなに上がってなかったんです。で、もう1周クリアな状態であれば、もう1秒速くぐらい走れるっていう確信があったんですけど、ジョックが「ピットに戻って来い」と。僕はそのときに、「いや、何秒なんだ」と。「ルノーは何秒で、自分は今、何秒で走ってるんだ」と。そのタイムが例えば2秒差ぐらいだったら、もう1秒ね、もう1回。
川崎:もう1周。
佐藤:引っ張っていけば、前に走ってる車を抜けるからっていう状態だったんですよ。で、「何秒なの、何秒なの」って言ったらね、「うるさい!」と。
会場:笑い
川崎:「うるさい」って言われたんですか。
佐藤:無線で聞いてたら、「Shout up!」って言ったんですよね。すっごいびっくりして。
川崎:珍しいですよね。
佐藤:なかなか言わないですよ。ケンカしちゃって、無線で。それもね、3コーナーから12コーナーぐらいまでの間のやりとりなんですよ、インフィールドでの。向こうとしては、12コーナーを越えてからはもう入ってきてもらわないと困るわけだから、「もう、うるさい! 俺の言うことを聞け!」とジョックが言って。
川崎:「つべこべ言うな」と。
佐藤:「つべこべ言うな」と。で、「帰って来い」と。しょうがないなと思ってね。それはさすがに無視することはできなかったですね。
川崎:じゃあやっぱり、最終的には彼のオーダーを。
佐藤:そうそう。自分が感じてる、路面やね、状況を一番知ってるのは僕なんですよ。だけど、周りのライバルたちの状況を把握してるのはやっぱり、チーム側なんですよね。
川崎:なるほど。
佐藤:そういうところはやっぱり、ジョックの経験が生きてくるし、僕にとってもそこはとにかく尊重してるところなんでね。
川崎:本当に、琢磨さんとジョックの関係っていうのもいいなっていうのをね、思うわけなんですけれどもね。そんなチームワークの結集が、あのアメリカグランプリの表彰台っていう形になったんですね。
佐藤:そうですね。それでまあ、ルーベンスとのニュルブルクリンクの戦いがあって、そのあとやっぱり結果がほしくて。アメリカグランプリでは抜いて抜いて抜きまくって。
川崎:あれは変な話、他のドライバーも一目置いた表彰台だったと思いますよ。
佐藤:どうなのかなあ。まあやっぱり、抜かれた方はおもしろくなかったと思うけども、でもこっちとしては、3位からスタートして、それで10番手11番手に落ちたらやっぱりおもしろくないですよね。僕は最初、周回遅れだと思ったの、みんな。「ブルーフラッグ、ブルーフラッグ」って無線で言うんだよね。だれどそれは「ブルーフラッグじゃなく、お前が自力で抜いて来い」と。
川崎:あ、そういう意味なんだ。
佐藤:「マジで?」と思って。パニス(オリビエ、トヨタ)抜いたときも、「おかしいな、何で俺の前にいるんだろう」って。トゥルーリ(ヤルノ、トヨタ)の真後ろに行ったとき、つまり自分が4番手に上がったときから、初めて自分の順位を知らされたんですよ。
川崎:「おっ」て感じ。
佐藤:うん。そうそうそれで、トゥルーリに追いついたときに、まだ10周以上残ってて、「とにかく慎重にいけ」と。「こっからはまず、様子を見て慎重に行け」っていうことになって。だけど追いついたら、その時しかないんだよね、チャンスは。
川崎:「もう、行っちゃうよ」っていう感じで。
佐藤:だからもう、「慎重に行け」ってジョックが無線で言ってるそばから、僕がもうカウンターで1コーナーに。
川崎:何か聞いてるのか聞いてないのかっていう感じ。
佐藤:全然、聞いてないってことになりますね。
川崎:でもね、本当に表彰台に、あれが転機となってトントントンと。
佐藤:そうですね。自分たちはね、フェラーリに追いついたと勘違いしたわけなんだけども。まあ今、僕らが言った二戦っていうのは、フェラーリにとっては多少きっとね、バランスを欠いたレースだと思うんですよね。だから多少レベルがこう、落ちてきて。逆にあのときは僕も飛びぬけて調子がよかったんで、ちょうど同じ線で戦えたんですよ。それから後半戦っていうのはちょっとこう、苦労したシーンもあって。うーん。終盤戦に入るまではなかなか思うような結果にはつながっていかなかったですね。
川崎:でもスタートから、今年って本当にロケットスタートで、皆さんもご覧いただけたんじゃないかと思いますけれども。
佐藤:そうですね。今年はね、すごい楽しみにしてたの。去年までは全自動スタートだったんですね。だから誰が車に乗って誰が発進しても赤信号の反応さえよければ、1コーナーまでね、誰も変らないスピードで行けたんですよね、ボタン1つで。でも今年はルールで、それじゃエキサイティングなシーンが少ないっていうんで、ドライバーがクラッチをコントロールするという名目だったんですけども。実際はエンジニアがものすごくクレバーだから、あの手この手を使って、ほぼ全自動のスタートになっちゃう。
川崎:あ、そうなんですか。
佐藤:だって誰もエンジンストップをしてないでしょ。誰もホイルスピンしてないじゃないですか、今年。
川崎:もうちょっとそういうのがあってもいいかなと、シーズン序盤には期待しちゃっていたんですが。
佐藤:モナコグランプリ(’04年5月23日)までは、僕らもかなりスタートでのアドバンテージがあって、スタートすればもう、ルノーのように毎回抜いてオープニングは帰ってくるっていうレースが続きましたね。
川崎:実は私もモナコ、見に行ったんですけれども、もう倒れそうになっちゃいましたよ、あのスタートを見て。
佐藤:でもね、スタートは本当に難しくて。本当に瞬間的な、レッドライトが消える一瞬を見て、スタートしなきゃいけないわけですよね。
川崎:それってちょっと、賭けの部分もありますよね。
佐藤:ある。僕はあった。
会場:笑い
川崎:見て、認識してからじゃ遅いですもんね。
佐藤:そう。本当はそうじゃないといけないんだけど。もちろんF1は、フライングすごく厳しくて。地面にセンサーが付いてるんですね。だからライトが消える前に車が動けば、当然ペナルティ。だからインチキスタートは基本的にはできないんだけれども、でもバルセロナ(’04年5月9日)でやっぱりルノーのスタートがとんでもなくよくて。僕はあのとき、ベストスタートを切ったつもりだったんですよ。でも、2速に上がる前に向こうは3速ギアに入って全然抜かれちゃったと。「どうやってあんなことやったんだろう」ってずっと考えてて、これは見切り発進かなと。
川崎:ああ、そういう結論に陥った。
佐藤:もう、絶対に。まあ、本人も言ってたしね、「あれはきわどいとこだった」って。そのあと、ちょっと論議をかもしたわけですけれども。モナコのスタート。僕は予選、失敗したんだよね。予選、トンネルあとでちょっと自分でミスをして。それこそフロントローを狙ってた予選だったのに、かなり後ろの方まで行っちゃって。もう、モナコもスタートしかないと。で、イチかバチかじゃないけども、ギリギリのところで勝負をかけて、本当にライトが消えた瞬間に僕は動いてた。
川崎:瞬間のちょこっと手前?
会場:笑い
佐藤:瞬間でいいんですよ。いいというか、今まではよかったの。だけど、バルセロナのスタートがあって、トゥルーリが、「いや、あれは実は」っていう話をしてから、これじゃまずいんじゃないのと。
川崎:厳しくなっちゃった。
佐藤:そう。厳しくなったんですよね。
川崎:余計なことを言ってくれちゃって。
佐藤:何が厳しいかってね、要はオリンピックゲームのルールが適用された。今までは、ライトが消えた瞬間、0.0001秒に、要は解除になったわけですよね。基本的には瞬間。でもそれっていうのはおかしいんですよ。つまりF1マシーンっていうのは、人間の体が反応するだけじゃなくて、ライトが消えたのを見て、指が動いて、クラッチパドルが動いて、それが電気信号になって、クラッチが実際に動いて、エンジンの回転が上がって、トランスミッションに加わって、ドライブシャフトがねじれて、タイヤがスリップして、動くまでに。瞬間に動くなんてあり得ないんだから。
川崎:うん、そうですね。
佐藤:だけど僕は動いたんですよ。っていうことは、ライトが消えていくその瞬間を僕は見てて行ったんだけど、オリンピックゲームっていうのは、あれ、0.1秒以内に反応するとフライングなんですね。
川崎:そんなに厳しいんですか。
佐藤:「よーい、ドン!」って鳴ってから0.1秒以内に出発した人は全員フライングをとられちゃうんですよ。つまり人間の反射神経では無理、脊髄反射では無理ということで。で、今回そういう意味では0.1秒、切ってたんですね、あのときは。
川崎:だから、すごい体を持っているっていうところですね。
会場:笑い
佐藤:モナコまでは合法だったの。モナコまでは合法で、そのあとから、あれはダメだよっていうことになったんですね。
川崎:来年のスタートも皆さん、期待をしていただきたいと思うわけなんですけれども。そしてヨーロッパラウンド、アメリカラウンドを回って日本(’04年10月10日)に戻ってきて。今年は史上初の雨で2デイ。
佐藤:そうですね。
川崎:鈴鹿の雨なんてもう、得意だとは思うんですけど。
佐藤:でもやっぱりね、F1で、その。予選の一発目はしびれましたね、自分でも。しびれたっていうのは、怖くて。あのね、要するに金曜日の走行っていうのはもう、本当に6周とか7周ぐらいしかしなかったんですよ。ものすごい雨量で、アクアプレーニングを起こして。もう、ストレートでも真っ直ぐ走らないぐらい。で、土曜日、結局何もなくて。日曜日朝一で、イグザミネートのタイヤをはいて、1周目からともかく全開なわけですよね、空タンクで。
川崎:それもまたまたすごい。
佐藤:でもね、さすがに気合も入ったし、1コーナーから思いっきり飛び込んでいきましたけどね。
川崎:本当にしびれるレースを、生でご覧になった方もいたと思うんですけども。この土曜日、急にお休みになっちゃったわけですよね。ちなみに何をしてたんですか。
佐藤:えーと、結構ゆっくり寝てましたね。
川崎:よかったじゃないですか。
佐藤:何かね、やっぱりすごい疲れてたんだと思うんですよ。終盤戦ずーっと、中国(’04年9月26日)から始まってて、日本に戻ってきてイベント等々あって。やっぱり、すごい集中するんでね、知らないうちにすごい疲れてて。朝一応、まあ早めに起きて。リズムがあるんでね。ま、少しだけストレッチしたり体を動かしたりしてて。でもそのあとはホテルで結構のんびりしててね。だって基本的には外に出ちゃダメって言われたんだから。
川崎:なるほど。
佐藤:みんなも大変でしたよね。あのとき僕ね、サーキットホテルに泊まってて、窓を開けるとちょうどオートキャンプ場が見えて。
川崎:はいはい。
佐藤:みんなその、前日にね、「台風すごいの来るから撤去してくれ」って主催者側から言われたんだけど、みんなそのまんまなんだよね。
川崎:はい、ここで質問です。動かずにテントを張り続けた人、どのくらいいるんでしょうか。
佐藤:やっぱり、ちらほらいますよ。
川崎:わぉ、女性の方も。
佐藤:だからやっぱり、見る側もこれは命がけで気合が入ってるんだと思って、僕も頑張らなきゃと思って。
川崎:あのテントを見て。
佐藤:そう。ひそかに自分のなかで誓いましたけども。
川崎:闘志が燃えてしまったということで。日本グランプリ、まあ、数々のプレッシャーがありながらの日本グランプリだったと思うんですけれども、いかがでしたか。
佐藤:そうですね。結果的にはね、自分が目標としてた表彰台に一歩届かなかったのはすっごい悔しい。悔しいんだけれども、まあ、あの時点での自分の力は出し切ったし、ある程度戦略うんぬんっていうこともあって、パーフェクトには働かなかったけど。やっぱりでも、16万人以上のファンのみんなが、まあ、僕のファンは16万人もいないけど。
川崎:いや、そういうことにしましょう。
佐藤:みんなね、走ってて、応援してくれるわけですよね。それに一生懸命応えたいしと思って、僕は精一杯走りました。でもね、あれはあれで終わりじゃないから。来年も絶対ね、表彰台に戻ってきますよ。
会場:拍手
川崎:宣言しちゃいましたよ、これは。
佐藤:もうだって、それしかないでしょ。
川崎:もう、行くしかないでしょ。
佐藤:行くしかない。
川崎:まあまあそして、最終戦ブラジルを終えて日本に帰ってきて、いかがでしょうか。
佐藤:今回はね、最終戦が今までは鈴鹿っていうのが何年も続いてたんだけど、今年はブラジルまで飛んで。だからほとんど日本にいないんですよね。
川崎:もう、トンボ帰りじゃないけれども、ストップオーバーみたいな感じで。
佐藤:そうそう。ブラジル終わってすぐ帰りたかったんだけど、スポンサーのイベントもあって、一回アメリカまで飛んで。実際日本に帰ってきたのは月末、10月29日とか30日、そのくらいかな。木曜日の夜に帰ってきて、そこから1日だけ実家に戻って、次の日はもてぎに移動と。
川崎:もてぎもね、イベント盛り上がって。もてぎのイベントにいらっしゃった方、どのぐらいいますか。
佐藤:わっ、すごい。
川崎:うれしいですね。
佐藤:3分の1ぐらいの人が来てくれました。
川崎:あのオーバルコースをF1マシンで走っちゃう。これはいかがでしたか。
佐藤:そうですね。あの車がね、アメリカグランプリで使った車なんですよね。車種が。エンジンはちょっとテスト前のだったんですけど、思いっきりいっていいよということだったんで、オーバルを全開で走りました。
川崎:本当に全開でいいよって言ったんですか。
佐藤:うーん、ちょっと抑えてねって言われたんだけど。で、水温があって、「何度までいいですか」と。実際に僕、ただ走るだけじゃなくて、ちょっとこうやっぱりサーキットでは見れないような走行もしてみたいなと思って、聞いてたんですよね。なるべく水温はたくさんクーリングできるように、本当はテープをラジエターに貼ったりするんだけど、それも全部はがしてちょうだいと。で、基本的には寒いから、向こうははがしたくなかったんだけど。F1ってね、温度管理がすごく大変で、水温が低すぎても壊れちゃうし、当然高すぎればオーバーヒートで壊れちゃうんだけど。「じゃあ一体、その上限は何度なの」、「120度だ」って言われたんですね。これ、ずーっと座ってて、発進前のウォームアップがあるんで、そこでね、110度まで上げるんですよ。で、110度と120度ってすごいギリギリじゃないですか。
川崎:そんなところまで上げちゃうんですね。
佐藤:120度って実は大したことねーんじゃねーのって、僕は思って。
川崎:ドキドキ。
佐藤:で、走ってまあ、90度とか100度ぐらいになって。そのあとグルグルグルグル、スピンターンをやるんですよね。あのときっていうのは当然、空気が入ってこないでエンジンはでもすごい回るから、ものすごい急に温度が上がっていくんですよ。
川崎:じゃあ結構、ギリギリの。
佐藤:上げた上げた。128度まで確認して、130度になったところで切り抜けました。
川崎:あとは見ないことにしよう。
佐藤:そうそうそう。だからかなりエンジニア、テレメトリを見ながらもう止めてくれって思ったと思うんだけど。
川崎:ちょっとおちゃめなこともやってしまったという。
佐藤:そうですね。あと、RA272かな、40年前の。
川崎:昔の。
佐藤:そう、車にも乗れたし。
川崎:どうですか。今の車と、もう本当に何年も前の車。
佐藤:そうですね。もちろん「よーい、ドン!」で競争したら、そりゃもう全然かなうわけはないんだけども、でもやっぱりその時代その時代ごとに、最高の技術で作られたものっていうのはやっぱり美しい。だから乗ってても、各パーツとかで、もちろん不具合はあるんだけれども、すごく、何て言うのかな、いいものを作ったんだなと思ってね。各パーツのクオリティもすごくいいし。ちょっと怖かったのが、シートベルトがなかったこと。
川崎:あっ、そうなんだ。
佐藤:あの時代はね、シートベルトがないんですよ。すごいと思いませんか。それで、座ってますよね。座ってる両脇に、ガソリンタンクがあるんです。
川崎:わぉ。
佐藤:だからちょっと。これでバンク1コーナーに飛び込んだらちょっと怖いなと思ったんですけど。
川崎:そんなギリギリの。でもギリギリだからこそ、美しいマシンっていうのが。
佐藤:そういう意味ではね、いっさい妥協なしという世界は今も、40年前も変らないですね。
川崎:F1世界を本当にいろいろ今年は経験した年だったと思うんですけれども。いよいよ来月からまたテストが始まると。
佐藤:いや、今月ですよ。もうね、来週の半ばに日本を去ってしまうんですね、残念ながら。だから3週間しかいられなくて。
川崎:早いですね。
佐藤:向こうに行ってから1週間だけ、少しリラックスしてコンディションを整えて。もう、月末からバルセロナでテストが始まります。
川崎:皆さんも心配なさってると思うけれども、体調の方は。
佐藤:体調はいいですね。
川崎:すこぶる快調という感じでしょうか。
佐藤:さすがにもう、今は休みたいなっていう気持ちがあるんで、まあ、それこそ昔の仲間にあったり、いろいろ日本でしかできないね、おいしいものを食べたり、温泉に入ったりっていうことは、少しはできましたね。
川崎:でもそのリフレッシュがまた、次への原動力になるのではないかと。
佐藤:そうですね。あとまあ、シーズン中は本当にみんなにもすごく心配をかけさせてしまったんだけれども、右肩のケガというか故障があって。これも今、本当に1ヶ月ぐらいブラジルグランプリから安静できてるんで、確実によくなってるしね。で、しっかりと治してからもう1回再びトレーニングをして、冬の間備えてまたシーズン開幕と。
川崎:皆さんのなかには、本当にタイトなスケジュールなので、「休めるんですか、休めるんですか」っていう心配があったと思うんですけれども。
佐藤:でもね、今年はそれこそ、インタビューに割く時間っていうのを極力抑えてもらって。まあ、イベント等はね、せっかくなんで、僕は日本でしかできないことはね、やろうと思ったけども。それ以外はね、意外とその、自由に時間を使わせてもらっています。
川崎:じゃあもう、普段の生活をしてても、体は大丈夫。
佐藤:そうですね。今はちょっとゆっくり休んで、テストがまた始まるくらいからね、戦闘モードに切り換えていこうかなと。
川崎:カチンと換わるところもまた、見たいなと思うわけなんですけれどもね。来季もぜひ、頑張っていただきたいと思います。皆さんも応援をよろしくお願いいたします。
会場:拍手
川崎:今回はですね、こんなにたくさんの方がもう、本当に早くから並んでいただいたりしておりましたので、ここでですね、皆さんから質問を受けるQ&Aコーナーに移りたいと思います。質問のある方、本当にたくさんいらっしゃると思います。質問のある方、手を挙げていただけますか。はーい。じゃあ琢磨さん、まずはお子さんからいきましょうか。素朴な疑問を持っている。
佐藤:そうですね。えーと、もう一回手を挙げてくれるかな。じゃあ、そこの男の子。元気のいい男の子。
川崎:帽子をかぶってるそちらの男の子。ここでですね、このQ&Aコーナーで解説をお願いしたいと思っております。『カーグラフィック』(二玄社)編集長の大谷(達也)さん、ご入場ください。
会場:拍手
大谷:こんにちは。
川崎:よろしくお願いいたします。
大谷:川崎さん、僕、副編集長。
会場:笑い
川崎:飛び越えてしまって、まずい、まずい、まずい、まずい。実は大谷さんと琢磨くんっていうのも、すごくゆかりが深い。
大谷:そう…かな。
佐藤:そうですね、長いですね。一番最初はだから’98年。
大谷:’98年、忘れもしない鈴鹿サーキット。
川崎:そうなんですか。それは取材で。
大谷:そう。僕があるレーシングカーの取材で行ってるところに、琢磨くんが来てて。その前から僕はずっと琢磨くんと話をしたいと思っていたんだけれども、機会がなくて。でも、そのとき初めて会って名刺とか差し上げたりしたり、メールを送ってくれるようになってね。
川崎:ああ、あのイギリスでのレース。
佐藤:そうそう。最初はね、日記をね、せっかくだから書こうかなと思って。「GO FOR IT!」になる前の、どうしようもない文章です。
川崎:原型ですね。
佐藤:原型。それを、友人を含めてお世話になった人とか、大谷さんみたいにメディアに関わっている人たちに、何となしにFAX送信だったりeメールだったりで送ってたんです。
大谷:それがおもしろくてね。とにかくおもしろかった。まあ、今、それがずーっとつながって、『カーグラフィック』の連載の「GO FOR IT!」になってるわけなんですけれどもね。
川崎:そんなお話からですね、どんどん解説をしていただきたいなと思っております。
大谷:よろしくお願いします。
川崎:それではお待たせいたしました。質問お願いします。
客1:モナコ…
佐藤:モナコ。
会場:笑い
佐藤:モナコ、優勝しろと。
会場:笑い
川崎:モナコね。
客1:優勝…
大谷:ああ、やっぱりそうだ。
佐藤:いつするんですかっていうことですよね。
川崎:今、直球でしたから、私もびっくりしてしまいましたけれども。
佐藤:今年はそういう意味ではちょっと、優勝までは届かなかったけれども、シューマッハとも軽くやりあったし、来年はね、バッチリ予選を決めて、トゥルーリのようにちょっと快走したいですね。
会場:拍手
佐藤:来年、頑張ります。
川崎:来年だって、来年。ね。
客1:ありがとう。
佐藤:ありがとう。
川崎:たまらないですね、直球な質問は。今回、お子さんもちらほらいらっしゃってるようなので、もうひとりぐらいいきましょうか。中2階席の、黄色いブルゾンを持ってる子。質問をお願いします。
佐藤:こんにちは。
客2:こんにちは。得意な国のコースはどこですか。
佐藤:なるほど。これは鋭いですね。
川崎:ね。
大谷:好きっていうのと、ちょっと違うでしょ。
佐藤:そうですね。今年、おもしろい発見をして。実はさっきも話に出たアメリカグランプリ、インディアナポリスのサーキットって実は、めちゃめちゃつまんないんですよ。
会場:笑い
佐藤:僕にとってはね、つまんないコースだったの。っていうのは、高速コーナーが0なんですよね。で、最終コーナー、バンクの部分はね、確かに見た目はヒューンッてカーブしてるんだけれども、僕らは基本的には全開で、あれは真っ直ぐのストレートと変らないんですよね。1コーナーはまあ唯一3速なんだけど、その後2速になって。ほかのコーナーって、全部2速か1速の、低中速の、本当にグルグルグルグル回るコースで、フラットだし、何のおもしろ味もないし、大っ嫌いだったんですよ。だけど、予選も調子よくて、決勝も調子よくて。そうなるともう、コロッと好きになっちゃう。
会場:笑い
佐藤:だから、アメリカグランプリ、アメリカのインディ(インディアナポリス)は好きなコース。だけどやっぱり鈴鹿はね、特別だから。鈴鹿はもう、自分の条件なしに大好きですね。
客2:ありがとうございました。
会場:拍手
川崎:はーい、ありがとうございます。まだまだ質問を承っていきたいと思いますが。じゃあ、質問のある方、手を挙げてください。じゃあ続いて琢磨さん、あてていただきましょうか。
佐藤:えーと、どうしようかな。
川崎:じゃあ次は、女性にいってみましょうか。
佐藤:女性で。えーと、じゃあ、うさぎのぬいぐるみを掲げてる。
川崎:持ってきましたね。
佐藤:質問は何でもOKですよね。
川崎:何でもOKにしましょう。
佐藤:難しいのもOKだし。
川崎:もう、簡単なことから何からOKです。ここだけトークでいきましょう。
客3:よろしくお願いします。レーシングスーツのなかの下着は、トランクスですか、ブリーフですか。
会場:笑い
川崎:すごい質問です。これ、重要ですよね。どっちなんだろう。
佐藤:これ、答えるんですか。

後編へつづく

取材・構成:CREW
撮影:保高幸子