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平野啓一郎

平野啓一郎

小説の中でクラシック音楽が重要な役割を占める作家の平野啓一郎さん。作曲家ショパンの人生に肉薄した『葬送』では、文章そのものに音楽が宿っているような感銘を与えてくれた。思春期の頃からさまざまなジャンルの音楽を聴き、夢中になったもののひとつがクラシックだったという。これまでにも多くのコンサートやリサイタルを聴き、審美眼を研ぎ澄ませてきた。そんな平野さんが注目する今秋のコンサートについて語ってもらった。

取材・文:小田島久恵 / 撮影:小嶋淑子

ツィメルマンの精緻な完璧主義に大きな魅力を感じる

毎年、数多くのピアニストが来日公演を行っている「クラシック大国」日本。今秋もベテランから若手まで様々なピアニストがリサイタルを行う。その中から平野さんが選ぶスペシャルな演奏家が、ポーランド出身のクリスチャン・ツィメルマンだ。

「僕はショパンが好きでしたから、ツィメルマンが弾く『4つのバラード』はお気に入りで、よく聴いていました。『葬送』のコンサートの場面の『舟歌』も、ツィメルマンの演奏が一番参考になったんですよ。一昨年書いた『かたちだけの愛』は、ラヴェルのピアノコンチェルトの第2楽章がモチーフなんですけど、それもツィメルマンの演奏を念頭に置きながら書きました。CDで聴くときは、彼のようにかちっとした演奏が好きなんですよ。例えば、100回弾いたら100通りの演奏になるようなアーティストなら、ライブはとても面白いと思う。でも、記録された演奏を聴くという意味では、もっときちんと演奏されたもののほうが飽きないんじゃないかと思うんです。ひとつのイメージを飽きずに追い求めるという点では、ツィメルマンは共感できます。生の演奏でも、完璧主義という言葉が正しいのかわからないけど、精緻な世界を究めようとしている様が、その音からヒシヒシと伝わってきます」

演奏はもちろん、楽器のアクションにも大きなこだわりを持つツィメルマンは、世界各地へのツアーにも自身のピアノを持参していることで有名だ。

「移動する間の楽器のダメージなどを考えると、本当に良いのかはわからない。そう思う一方で、ヴァイオリニストだってトランペッターだって、毎回自分の使い慣れた楽器を使うわけじゃないですか。ピアノだけ会場ごとに違う楽器を使うっていうのは、昔から疑問ではありました。やっぱり、楽器との対話ですからね。勝手知ったる相手の方がいいんじゃないか? 自分で部品までいじれるくらい知り抜いた楽器で演奏したいというツィメルマンの考えはよく分かります」

秋の来日リサイタルでツィメルマンが取り上げるドビュッシーについては、平野さんならではの作曲家に対する意見が。

「僕は実はドビュッシーってそんなに好きじゃないんです。(同時代の作曲家の)ラヴェルと比較したとき、どっちを僕が熱心に聴いてきたかというと、断然、ラヴェルなんですよ。音楽史的な意味では、ドビュッシーのほうが大きな存在であることは間違いないですが、だからこそ、20世紀の音楽をおかしくしちゃった原因も、この人なんじゃないかって思うこともあります(笑)。20世紀の音楽を丸ごと否定するつもりはなくて、僕はプロコフィエフシェーンベルク武満徹も好きですけど、人間が鼻歌で歌えない音楽というのは、やっぱり問題なんじゃないかという気もします。最近は特に、堪え性がなくなってますから。音楽だけでなく、小説でも映画でもそうです。自分は長い、複雑な小説を書いておいてなんですが(笑)でも、ツィメルマンは好きだし、今の彼がドビュッシーをどう弾くかにはものすごく興味があります。どの作曲家が“好き”か“嫌い”かって微妙で、誰かが背中をドン!と押してくれたら大好きになることもあるんですよ。このリサイタルを聴いたら、一番好きな作曲家がドビュッシーになっているかも知れない(笑)」

華麗なるピアニスト、ポリーニの名演

もうひとり、平野さんが注目するピアニストは、天才肌のベテラン、マウリツィオ・ポリーニだ。ベートーヴェンと現代音楽をミックスしたプログラムを携え、サントリーホールで連続コンサートを行う。

「ポリーニもかっちりしていて緻密なピアニスト。ポリーニが弾くショパンのエチュードを聴いていると、全盛期のミハエル・シューマッハ(F1ドライバー)がフェラーリを走らせているような感じがするんですよ。ピューッと走っていくイメージ。華麗で、確実で、イヤになるほど完璧。だから鼻について嫌だという人もいますけど、僕は好きですね。少し前に、ショパンコンクール後の沈黙を経て、復活直後にレコーディングしたショパンのポロネーズ第6番「英雄」の演奏を聴いたんですが、とんでもなく素晴らしい演奏で、腰を抜かしました。若いのに気品も感じられて。年を重ねていく中で、彼の演奏スタイルも色々と模索があったと思いますが…。今回、僕としては彼のベートーヴェンを聴きたいですが、現代曲とのミックスは、やっぱり必然性があってやっていることだと思います。あと、何でも弾けちゃう人だから、色々やらないと退屈なんじゃないですか? 10代から70代までずっとショパンやベートーヴェンを弾いてたら、違うものも弾いてみたくなりますよね。、きっと」

ポリーニは録音では昔から親しんできたけれど、実はリサイタルで聴くのは今回が初めてだという。

「8年前のリサイタルを聴きに行った人いわく、素晴らしい演奏会だったと。最近ニューヨークで聴いたという知人も、大絶賛していました。伝説の人はちゃんと聴いておかないと。若者に自慢するためにも(笑)。僕自身、悔しい思い出があって。小学生のとき、年の離れた姉が『ライブ・アンダー・ザ・スカイ』のチケットが余ったから一緒に行こうと言ってくれたのに、ジャズなんかオヤジが聴く音楽だと思って、馬鹿にして行かなかったんです。マイルス・デイビスを聴くチャンスだったのに。高校2年のときも、福岡ドームに来たマイケル・ジャクソンを見逃しているんです。小学生のとき初めて買ったレコードが『スリラー』だったのに。当時の僕は『全盛期じゃないし、聴いてもガッカリするだけ』とか思ってました。でも、後からものすごく後悔しました。ポリーニも戦後に現れた“最後の巨匠”みたいな人ですから、聴き逃すわけにはいかないですね」

ティーレマンのブラームスは絶品。真剣に聴いてみたいオーケストラ

オーケストラのコンサートでは、クリスティアン・ティーレマン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団を挙げた平野さん。

「ティーレマンはこの前来日したとき(2007年のミュンヘン・フィルとの共演)のブラームスが良かったので、もう一度聴きたいなと思っています。ブラームスはピアノ曲も好きなものが何曲かありますし、交響曲は4曲とも好き。特に好きなのは1番と4番かな。最近、僕はますますオーケストラを聴かなくなってきているんですが。生活環境の影響が大きいですね。ネットが登場して、時間の感覚が変わってきている。だからこそ、今回のティーレマンのブラームスは生でちゃんと聴いてみたい。ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』の『前奏曲』と『愛の死』を聴くのも久々じゃないかな。これはそんなに長い曲じゃないですけどね」

長い歴史とともに育まれてきたクラシック音楽の中でも、特に「ロマン派の音楽が好き」と語る平野さん。

「ただし、後期ロマン派になると曲が長大になるので、苦手なものが多い。ブラームスとは別の日に演奏されるブルックナーなんかも苦手(笑)。でも、ライブで聴くと、もしかしたら好きになるかもしれない。やっぱり基本的には、いつ始まって終わったかわからない曲よりも、始まりがあって、ワーッと盛り上がって終わる曲が好きです。わりと単純な興奮曲線が好きなんですよね。ある種の限界というか、人間って報酬系によって機能する脳を持った生き物でしょう?本の場合は、読者が費やした時間やお金というコストに対して、報酬が見合わないと『損した』気分になる。だから、僕は盛り上げていくところに読み応えを作っていきます。最後にクライマックスがあって、余韻に浸るという、やはり音楽だとロマン派になるんですね」

ご自身の文体に一番近い作曲家を尋ねると、「近いのかどうかわかりませんが、曲の展開の仕方や、転調のさせ方など、ショパンから色々影響を受けてます。全部、小説に置き換えての話ですが。」との答え。この秋のコンサートからも大きなインスピレーションを受け、新しい作品に反映されていくのかも知れない。

PROFILE

平野啓一郎(ひらのけいいちろう)
1975年6月22日、愛知県蒲郡市生。京都大学法学部卒業。大学在学中に発表した『日蝕』で第120回芥川賞を受賞。小説作品は、他に『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』、『ドーン』、『かたちだけの愛』など。
他に新書『本の読み方 スロー・リーディングの実践』、『マイルス・デイヴィスとは誰か』(共著)などがある。
秋には、『私とは何か―「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書 9月14日刊行)、長篇小説『空白を満たしなさい』(講談社 11月刊行予定)と、二冊の新著が刊行される。

公式HP http://k-hirano.com
twitter https://twitter.com/hiranok

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  • [日程]12/4(火)
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    - ポリーニ・パースペクティヴ2012 -
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一度は生で聴いておきたい!音楽史に輝く巨匠たち

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御年87歳の“ピアノ界の生きる伝説”
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    ※愛知・京都公演あり。

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今秋来日するマエストロ

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