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稲垣純一 日本代表チームディレクターの月イチレギュラー対談
すべてはラグビー界の未来のために



Vol.4 ゲスト
データスタジアム 加藤 善彦 社長
-前編-

日本ラグビー協会の稲垣純一理事が、毎回ラグビーに造詣が深いゲストを迎えて、ラグビーの魅力やラグビー界の未来について語り合う対談企画。第4回のゲストは、10月にラグビー日本代表のオフィシャルデータサプライヤー契約を締結したばかりのデータスタジアム・加藤善彦社長。ラグビーをデータで楽しむ方法や強化を担うデータの役割など、ラグビーとデータの密接な関係について語り合う。
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稲垣理事・データスタジアム 加藤善彦社長

データスタジアム 加藤善彦社長 ――加藤さんがスポーツのデータに最初に興味を抱かれたのはいつ頃ですか。

加藤 生まれた瞬間からです(笑)。私は、子どもの頃からスポーツを見続けてきました。ラグビーも子どもの頃からテレビで見ていて、解説者や実況のアナウンサーが話すデータを、ワクワクしながら聞いていました。

――データの読み方にコツはありますか。

加藤 よく「鳥の目、虫の目」という言い方をしますが、要は、俯瞰して競技を見る目と、ミクロにフォーカスしていく目を両方持つことでしょう。あとは仮説を持つことですね。単に数字を見るのではなく、仮説と照らし合わせて数字を見る。そういった作業をやり続けることで、いろいろな数字が浮き上がって見えるようになると思います。おそらく、エディー・ジョーンズさんは、そういう仮説の立て方が非常に上手い。エディーさんとは、日本代表ヘッドコーチに就任する以前の、サントリーサンゴリアスでGM兼総監督をされていた頃からお付き合いがありますが、非常にビビッドな方ですね。「私はこういう仮説を持っているが、この点はどうだろうか」といった形でリクエストをいただき、それをこちらで検証してレポートにまとめてお出しする、といった循環を形成していました。

稲垣 確かにエディーは、仮説の組み立てにデータを活用していますね。
 「判断」と「決断」の違いがよく議論になりますが、判断はデータなどの論理的な根拠をもとに物事を決めること。一方、決断は論理的な根拠がなくても物事を決めることを言います。
 たとえば、PGを狙うのかトライを取りに行くのかを決める場面で、データ的にはPGが確実だけれども、トライが取れそうだからPGを狙わないと決める。それが決断です。そうした判断と決断の使い分けがリーダーの大きな仕事ですが、データにこだわり過ぎると、データを分析することがコーチの目的になってしまいがちです。データはあくまでも決断するための材料であって、その使い分けが、エディーは非常に上手だと思います。

――データによってラグビーのどういう部分に変化が起きたと思いますか。

稲垣 コーチが選手に数値で具体的に目標を示すことができるようになった点が非常に重要です。数値化して説明すれば、選手に伝わりやすいし理解もしやすい。また、目標も立てやすい。
 一方で、ファンに対しても、非常にいいサービスになります。ファンも、ラグビーに詳しくなれば具体的な数字を欲しがるようになります。今では当たり前ですが、「スクラムが一番強いチームはどこか」、「ラインアウトが一番上手いチームはどこか」といった情報ですね。

加藤 最近では、セカンドスクリーンという方法論があって、テレビ画面を見ながら手元のスマートフォンやタブレット端末で映像にならないデータを見ることが可能になっています。試合会場で実際に試合を見ながら端末でデータを取る見方も、他競技では広がりつつあります。たとえば西武ドームでは無線LANが敷設されていて、観客が試合を見ながら試合映像を数秒遅れで確認できます。さらに、そのプレーにまつわるデータも見ることができる。そういった仕掛けが、ぜひラグビーでも可能になればいいと考えています。

――トップリーグでも、公式アプリでデータが配信されるようになりましたね。

加藤 はい、その辺りを意識してトップリーグと協働させていただいています。

稲垣理事 稲垣 これからどんどん進化していくということです。たとえば、観客が「今のスクラムの衝撃はどのぐらいだろう?」と疑問を持ったときに、「今の衝撃は1トン」といった情報をリアルタイムで提供すると、素直に「すごい!」と思ってもらえるでしょう。
 今はIT製品の方がどんどん進化しているので、これからはそれらをどう活用してファンサービスを考えていくかがテーマになるでしょう。2019年のラグビーワールドカップ(RWC)までには、ぜひそういった楽しみ方ができるようにしたいと思います。

加藤 現在Jリーグでは、来年のJ1リーグ開幕戦からすべての試合に「トラッキングシステム」を導入しようと準備をしています。Jリーグと弊社が一緒にそのオペレーションをやることになっていますが、これは、特殊なカメラを使ってピッチ上の22人の選手と3人の審判、そして1個のボールの動きを試合の最初から最後まで捕捉し続けるシステムです。そして、リアルタイムにデータを出して、ファンサービスやチームの強化に活用しようと考えています。
 選手の動きにしても、単なる走行距離やスピードだけではなく、たとえば時速20km以上で走っている時間が何分、止まっている時間が何分、トップスピードで走っている時間が何分といったように、細分化してデータが出てきます。

稲垣 ラグビーも、今はGPSをつけて、そういったデータを集めています。

加藤 以前、NHKで、エディーさんがGPSを活用して、海外の強豪と比較しながら日本の強みと弱みを分析している、という番組がありましたね(『勝利へのセオリー』2013年6月29日放送)。そのなかで、日本が他のチームより勝っているのはスピードではなく、ボールの保持、つまり、いかにボールを相手に取られないラグビーをするかにある、と説明していたのが印象に残っています。データを非常に上手に使われていると思いました。
 それから、海外の強豪国のデータをどこから集めたのかも、ちょっと気になりました。

稲垣 エディーが世界中に張り巡らせたネットワークを通じて集めたものだと思います。今は、そうしたデータを、日本代表のコーチングデータとして構築しているところです。試合のデータだけではなく、選手個人のデータも、医学的な部分まで含めて蓄積しています。

加藤 海外では、選手の傷病の履歴までデータベース化して、個別なトレーニングを指導するところまで行っている国もありますね。

――アスリートにとっては非常に幸せなことであると同時に、あまりにも丸裸にされるので、ちょっと息苦しいところがあるかもしれませんね。

加藤 使い方次第だと思います。

稲垣 はい、使い方だと思います。データをすべて信じてしまうと、目的と手段を混同してしまう。データばかり集めたのにチームが全然強くならないといった状況にならないためにも、最後は決断力が大切になります。スポーツの場合、決め手は判断ではなく決断ですからね。

データスタジアム 加藤善彦社長 ――数年前に、タックル成功率やタックル回数といった数値をチームで公表したところ、試合に負けたのに「自分はこれだけタックルしています」と言うような選手も現れて、勝敗に対する意識が少し薄れて困っている、という話を小耳に挟んだことがあります。

稲垣 それは指導方法の問題ですね。「たくさんタックルしてすごい」という見方ではなく、「これだけタックルしているのは相手に攻められているからじゃないのか」と見るのが、本当の分析でしょう。タックル回数の多い選手を誉めるのはいいことですが、それが勝利につながらないことも、しっかりと教えるのがコーチの仕事です。
また、そういったところに注目すれば、ファンも面白いと思います。
 たとえばパスの回数は非常に多いのに勝てないチームがあれば、いったいどんな地域でパスを回しているのか、といったところに問題意識が向く。ラグビーは、最終的にはトライしてスコアすることが目的ですから、今の例では目的と手段の使い分けが本末転倒しています。
 ファンも、そこまでラグビーを深掘りできるようになると、もっとラグビーが面白くなるでしょう。また、そこにきちんと応えていけるかどうかが、コア・ファンを増やすカギになるのかもしれません。

加藤 ラグビーはアナログであるが故に、逆にデータが生きるスポーツだと思います。たとえば、ファンになりたての初心者は、密集で何が起こっているのかわからないことが多いですが、それを論理的に解きほぐして、何が行われているかを伝えるのがデータ化だと思います。つまり、データがファン同士のコミュニケーションの材料になる。平たく言えば「ネタになる」と思います。

――日本代表のオフィシャル・データ・サプライヤーになった経緯を教えてください。

稲垣 それは、こちらからお願いしたことです。日本代表には現在アナリストが1人しかいないので、その仕事量を軽減するためにお手伝いをお願いして、快く引き受けていただきました。日本代表のオフィシャル・データ・サプライヤーとしてもお手伝いしていただくことになりました。

加藤 背景として、弊社でここ数年間のトップリーグや大学のトップレベルの試合を、ほぼすべてデータとして抑えてきたことがあります。その蓄積がありますから、トップリーグから代表に選ばれる選手や候補の選手に関しても、データをストックしています。さらに、アナリストたちには、そうした選手たちを何年にもわたって見続けてきた知見があります。その辺りが、私たちが貢献できる部分だろうと考えています。

――2019年のRWCでは今までになかったようなデータサービスが提供されると面白いですね。

稲垣 そうした発想はスタジアム作りに欠かせないと思います。来年のRWCイングランド大会でどういうデータサービスや、ITを使ったファンサービスが行われるかに注目しています。2019年には、それをもっと高めなければいけないわけですから。

加藤 最近話題になっているウェアラブル端末を使えば、目の脇にデータが表示されるようになります。技術的には対応可能です。観客にとって快適かどうかまではわからないですが(笑)。
 今、さまざまな取り組みがテクノロジー業界からも提案されてきますし、メディア、特にテレビはいかに面白く見せるかという点で、さまざまな仕掛けをしています。最近では、野球やサッカーの中継でさまざまなデータの使い方がされていて、各テレビ局の競争になっています。そうしたなかから、「ラグビーではオレたちはこういうふうにデータを使う」というアイディアが出てくる可能性がありますし、逆にアイディアはあるけれどもそれを具体化するためのリクエストを弊社に出してくるケースも出てくるかもしれません。
2019年に向けて、そうした“パス交換”をしながらお互いに高めていければいいと思いますね。


取材・構成●永田洋光
撮影●大崎聡

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PROFILE

加藤善彦●かとうよしひこ
1964年、宮城県生まれ。1987年早稲田大学を卒業後、博報堂に入社。マーケティングプランナーとして企業のマーケティング戦略策定に従事。1995年博報堂スポーツマーケティング(現博報堂DYスポーツマーケティング)設立に参画、2001年代表取締役社長に就任。同年よりトップリーグ設立準備やマーケティング業務に3年間携わる。2008年博報堂DYメディアパートナーズ・スポーツ事業局局長代理を経て、2009年よりデータスタジアム代表取締役社長を務める。

稲垣純一●いながきじゅんいち
1955年、東京都生まれ。1978年慶應義塾大を卒業し、サントリーに入社。1980年ラグビー部・サンゴリアス設立と同時に参加、初代主将となる。その後、慶應ラグビー部コーチ、サントリー副部長、ディレクターを経て、2002年にGMに就任。2007年にトップリーグCOOに就任。現在は日本ラグビー協会理事を務める。



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