チケットのことならチケットぴあチケットぴあ

こんにちは、ゲストさん。会員登録はこちら

稲垣純一 日本代表チームディレクターの月イチレギュラー対談
すべてはラグビー界の未来のために



Vol.6 ゲスト
Jリーグ 中西 大介 常務理事
-前編-

日本ラグビー協会の稲垣純一理事が、毎回ラグビーに造詣が深いゲストを迎えて、ラグビーの魅力やラグビー界の未来について語り合う対談企画。第6回のゲストは、Jリーグの中西大介常務理事。トップリーグより10年早くJリーグをスタートさせ、2002年にはFIFAワールドカップを開催したサッカー界から、どんなヒントが得られるのか。また、今後のスタジアムはどうあるべきか。サッカーとラグビー、そしてスポーツが持つ可能性について語らう。
>>後編はこちら

Jリーグ 中西常務理事・稲垣理事

Jリーグ 中西常務理事 中西 稲垣さんとお会いするのは、エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチと一緒にお会いしたとき以来ですね。
 昨年、FIFAワールドカップ・ブラジル大会で日本代表が1分2敗に終わったことを受けて、ラグビーワールドカップ(RWC)で決勝戦を2回も経験しているエディーさんに素直に教えを請いたいと思い、稲垣さんにセッティングしていただきました。エディーさんは、サッカーやラグビーといった競技の垣根を越えて非常にスポーツに対する造詣が深い。ブラジルでなぜ勝てなかったかについても、さまざまなヒントをいただいて非常に勉強になりました。

稲垣 中西さんには、2011年にみなとスポーツフォーラムで講師を務めていただいて、2002年のFIFAワールドカップ日韓大会のお話や、Jリーグの経営戦略やマネジメントについて講演していただきました。お互いに競技の垣根を越えて交流しています。

――Jリーグは1993年スタートで、トップリーグは2003年スタートです。その10年の差を、ラグビーはどのぐらい埋められたと考えていますか。

稲垣 キャッチアップできたのは、ほんの5%ぐらいでしょう。Jリーグは「百年構想」という形で理念を明確に打ち出して、ひとつのモデルを作っています。ですから、ラグビーが同じことをマネしたり、Jリーグを追い抜こうと考えるのではなく、いいところをいかにラグビーに活かせるか、そういう発想でいます。実際、スポーツで日本を豊かにするためにJリーグがあるという考え方は、今までの日本のスポーツ界にないものでした。そういう点を、私たちは学ばないといけません。

中西 Jリーグは今、52のクラブが参加し、昨季も870万人を越えるお客様に来ていただいていますが、「サッカーを見に来て下さい」というマーケティングはしていません。52のクラブそれぞれの地元で、「大きな声で地域の名前を叫んで下さい」というアプローチを取っています。
 「サッカーを見に来て下さい」と言うと、関心のある方しか足を運ばないでしょうし、それが新しくサッカーを見たいと思っている方々に、ある種の障壁になる可能性があります。それを避けるために各地域のクラブは工夫を重ねてきました。その結果、今それぞれの地域に根づいたクラブが出てきたのだと思っています。
 これは、サッカーやラグビーといった垣根を越えて、多くの人を結びつけるスポーツの力そのものでしょう。確かにJリーグは世界でもっとも人気のあるサッカーを扱う点が強みになっていますが、最初にサッカーありきではこれほどたくさんの方々が振り向いてはくれなかったと思います。

稲垣 非常に共感します。
 ラグビーという競技の魅力は確かにありますが、それとは別な楽しさがあって、そこにたまたまラグビーがあるという部分がまだ欠けているように思います。私もサッカーの試合を見に行きますが、スタジアムで歌ったり踊ったりすることをファンが楽しみにしていて、それが、生活のなかで楽しみや文化になっていることを強く感じます。
 サッカー界で語り出された「スポーツ文化」という言葉は、それまでのスポーツ界になかったものでした。今はプロ野球も文化ということを強調していますし、東京オリンピック・パラリンピックの招致のときにもスポーツ文化という言葉がよく使われましたが、その源はサッカーだと思っています。だから、私たちも、ラグビーの力を強調するのではなく、スポーツの力があって、そのなかにラグビーがあるという考え方をして、そこからラグビーらしいマーケティングにつなげていくべきでしょうね。

中西 スポーツファンという限られたパイを、さまざまな競技で奪い合うのは愚かなことです。
 そうではなく、まずみんなでスポーツを楽しめる文化を育み、スポーツを楽しむ人のパイを大きくして、競技の垣根を越えていろいろなスポーツを楽しめるようにする。そうした二段階の発想が必要でしょう。ですから、話は非常にシンプルです。スポーツを楽しむ人たちのパイを大きくするにはどうすればいいか。競技の垣根を越えてみんながスポーツを楽しめる環境を作るにはどうすればいいか。そういう課題を共有できれば、この国は変わっていくことができると考えています。

――中西さんは、競技を見るためだけの競技場ではなく、スポーツファンに長く時間をすごしてもらうための「スタジアム」という発想が必要だと、インタビューなどで述べていらっしゃいますね。

Jリーグ 中西常務理事・稲垣理事 中西 はい。Jリーグの規約や発表物などから競技場という言葉をすべて削除して、スタジアムという言葉に換えました。それは、スタジアムが、競技者のためだけではなく、ファンはもちろん、地域住民も含めたあらゆる人のものであるという考えに立脚しています。
 ヨーロッパでは、コミュニティの中心にスタジアムがあって、そこは社交の場というよりもっと日常で気軽に立ち寄る場になっています。人生を複線的に生き、楽しむためにスポーツは欠かせないものですし、地域の人たち同士が利害を抜きにして付き合える場を作るのにスポーツは非常に有効です。また、利害のない人間関係を築くことで、人生も豊かになる。
 つまり、スタジアムは、訪れる人にとってコミュニケーションを取るための場であり、足を運んだ人たちの滞在時間が長いスタジアムほど、みんなにとって心地いいということになります。だから、Jリーグでも、そういう場となるスタジアムをたくさん作っていきたい。一方、プロスポーツとしてビジネスの側面から考えても、滞在時間が長くなるほど、お客様がグッズを買ったり飲食をしたりして収益性が上がるというプラスの面があります。このビジネスモデルはアメリカが先進的に採用しています。
 アメリカでは今、単に収益性を高めるだけではなく、都市再開発の中心的なシンボルとしてスタジアムを作るという発想が主流になりつつあります。そうすれば人の流れができて、周辺地域が発展して地域の経済が活性化する。人の流れや生活を変える力がスポーツの場にはあるという考え方です。

稲垣 スマート・ベニューという考え方ですね。スポーツだけではなく、アミューズメント施設があり、商業施設があって人々が吸い寄せられるベニュー(会場)の中心にスタジアムがあって、そこでみんなが1日を楽しく過ごすという考え方です。
 実は、典型的なモデルが日本にもあります。それが東京ドームです。読売ジャイアンツの年間観客動員数は300万人ぐらいですが、3700万人を上回る多くの人たちが東京ドームの周辺に来ます。遊園地もありますし、ボクシングも見られる。いろいろな施設が集約されていますが、中心はあくまでも東京ドームで行われるジャイアンツ戦です。まさに、今、中西さんが言われたようなスタジアムのモデルです。2019年に向けて建築が進む新国立競技場も、競技場ではなくて、そういう複合的なスタジアム機能を備えたベニューになってもらいたいですね。

中西 スタジアム建設の動きは今、たくさんあります。秋にはガンバ大阪のホームスタジアムとなる新たなスタジアムが完成しますし、構想段階のものを入れればかなりの数に上ります。なぜ、それだけスタジアム建設のニーズがあるかと言えば、全国各地の地方自治体でこのまま人口流出が進めば、かなりの自治体が消滅するという危機感があるからだと考えます。増田寛也さんの『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』では、2040年までに896の自治体が消滅すると言われていますが、現実に今、地方から人口流出が始まっています。人口流出は、ホームタウンである各地方自治体にクラブを支えていただいているJリーグにとっても深刻な問題です。
 ですから、そうならないようにするためにはどうすればいいか。
 地方に住んでもっと幸せを感じられるような環境を作ることが、Jリーグがこの国に対してできることだと考えています。もちろん、地方にも素晴らしいものがたくさんありますし、サッカーやスポーツだけで状況を大きく変えられるとは考えていません。ただその街のシンボルとして、スタジアムは十分に機能し得ると思います。私たちが掲げる豊かなスポーツ文化を創るという理念は、私たちが社会に対して責任を持って果たすべき役割そのものなのです。
 街のシンボルとしての機能を果たすために、スタジアムはどのような在り方で、どのような機能を備えていればいいのか。どのようにお金を集めて、建てたあとにどう経営していけばいいのか、という道筋を示すのが私たちの役割ですし、それを国や地方自治体に理解していただくのが、私たちがこれから頑張らなければならないところだと思います。

――そうしたJリーグの理念から、ラグビーはどのようなヒントを得ていますか。

稲垣理事 稲垣 ヒントをいただくというより、勉強させていただいています(笑)。
 トップリーグの観客動員をどうやって増やすかを考える上で、サッカーの事例は非常に参考になります。2014-15セカンドステージ町田市で開催された東芝ブレイブルーパス対キヤノンイーグルスでは、自治体を巻き込んで試合を盛り上げましたし、企業にも、サポーター感覚で動員をお願いしています。サッカーがやってきたことをラグビーに置き換えた場合にどのようなことが考えられるか、といった点で参考にしています。
 個人的には、ラグビーでサッカーのような爆発的ブームを起こすのは容易なことではないと考えていますが、それよりも、ラグビーとしてのやり方にまだまだ足りないものがあると思っています。ラグビーの場合、かつて大学ラグビーが全盛だった時代に、黙っていてもスタジアムが満員になるような状況でしたから、どうやって観客を増やすかというノウハウが蓄積されていなかった。現在は、ようやく日本ラグビー協会がチケットセールスに動いて、いわば営業するようになりましたが、それはJリーグのクラブがやってきたことです。そうした、ビジネスのプロフェッショナルとして当たり前のことに、今は取り組んでいるところです。

――2019年には、RWC日本開催が控えています。

稲垣 ワールドカップは非常に大事なイベントです。
 Jリーグの成功を見ても、地域密着型のクラブを推進する一方で、世界で戦うという明確な目標を打ち出した点が大きい。サッカーからもっとも学んだ点は、世界を見据えなければ広がりがない、ということです。
 かつて大学ラグビーが超満員だった1980年代には、誰もサッカー日本代表がFIFAワールドカップに出場するとは思っていませんでした。ところが、今や日本代表がFIFAワールドカップで勝った負けたで大きな騒ぎになる。そのぐらい、世界を見据えて戦うというコンセプトは大切なのです。
 先日のテレビ番組でヤマハ発動機ジュビロの五郎丸歩選手が「RWCに勝たなければ意味がない」ということを話していましたが、選手たちの意識も大きく変わっています。
 トップリーグ表彰式でも、森喜朗会長が「トップリーグこそが日本のラグビーを支えている。これを発展させて、世界で戦おう」とスピーチされていましたが、そういう文化がようやく日本ラグビー界に定着しつつあります。これが、ラグビーにおけるもっとも大きな変化ですね。

取材・構成●永田洋光
撮影●大崎聡 >>後編はこちら

PROFILE

中西大介●なかにしだいすけ
1965年、東京都生まれ。神戸商船大学(現神戸大学海事科学部)卒業後、株式会社ナガセに入社。1997年日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)入局。2002年FIFAワールドカップでは、札幌ベニューのマネージャーを務める。事業部マネージャー、事務局長兼事業戦略室室長、事務局長兼競技・事業統括本部長、理事を経て、2014年より常務理事に就任。

稲垣純一●いながきじゅんいち
1955年、東京都生まれ。1978年慶應義塾大を卒業し、サントリーに入社。1980年ラグビー部・サンゴリアス設立と同時に参加、初代主将となる。その後、慶應ラグビー部コーチ、サントリー副部長、ディレクターを経て、2002年にGMに就任。2007年にトップリーグCOOに就任。現在は日本ラグビー協会理事を務める。



日本ラグビー協会、稲垣純一・日本代表チームディレクターの月イチレギュラー対談、すべてはラグビー界の未来のために。ラグビーの魅力やラグビー界の未来について語り合う対談企画。2019年ラグビーワールドカップの成功のヒントがここに!